第9話 影の存在

2人の間に沈黙が流れる。·····その沈黙は長く重たく冷えてきた空気は鋭く頬に触れ痛みを伴った。


当時、車内から見つかったものは他にもあり、そのどれもが2人が一緒にいた証拠とされた。そして決め手は、結月沙那恵と記された免許証が、海中から見つかり、彼女の死は不本意ながら証明される形となってしまったのだ。


そして数年立った今もまだ、遺体は見つかっていない。遺書は疎か、本当に結月沙那恵、彼女だったのかさえ今となっては真相は闇の中。·····本当に2人は一緒にいたのだろうか?


「·····君は何者なんだ?」


ぽっりと服部の心の声が漏れた。


真相を追い求めれば求めるだけ謎が謎を深め、底のない沼にハマり身動きを封じられる。解けない棘が胸の奥に引っ掛かり今も抜くことは叶わない。


誰もが、彼女の死を受け止められなかった。·····服部さえも未だに彼女は生きていると心の何処かで淡い期待を抱いている。何の確証もないけれど信じていたかった。


誰もが口々に言った。彼女の死は偽装ではないか?仕組まれた何者かの陰謀で、彼女は、今もどこかで生きているはずだ·····と·····。色んな憶測が流れた―――。


その憶測は憶測を生み、彼女は今も色濃く人々の心の中に存在し生き続けている。


彼女が死んだという事実はない。


死体すら上がっていないのだら·····。


苦しそうに歪む服部の顔を直視出来ず、詩織は彼から目線を外し当時の事故現場を見つめた。


「·····おば様は、例え何があろうとも自ら命を立つような愚かな行いをする人ではありません。·····だから、きっと―――」


言いかけた言葉を飲み込んだ。


それは、あまりに安易で軽率な発言だと思ってしまったから―――。なんの確証もない戯言·····。自分勝手な発言で、今までどれほど苦しい思いをし耐え忍んできたであろう人を追い詰めてしまうかもしれない。


言葉は時に、恐ろしいほど鋭い·····。


そしてまた、その言葉は簡単に心を抉る凶器になることを詩織は、身を持って知っていた。







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