第7話 カンパネルラ

「下ろしてください」


「今下ろすと怪我するからだーめ」


優しくしっかりとした足取りで詩織を抱え込み足早に車へと向かい助手席に詩織を下ろすと見下ろされる形になった。


頭上に、ふっと影が落ち煙草の香りに、甘い目眩を覚える。


「きゃっ」咄嗟にギュッと目を瞑ると、耳元で囁くように服部が囁く。


「シートベルトしましょうねぇ」


あまりの至近距離に、耳や頬に吐息が掛かり胸の鼓動が早まる。


「キス·····されるかと思った?」


ぶんぶんと大きく首を振り真っ赤な顔を見られまいと俯くも服部は、それを許さず詩織の顎をクイッと持ち上げ楽しげに笑っい唇に指を這わせ。ツツーッと撫でる。


「·····っい·····や!!」


―――――どんっ


服部の身体を強く押し身をじる。


「·····っごめん·····なさい·····あの私·····」


ぽんぽんと軽く頭を叩かれ服部は「合格」と上機嫌に運転席に乗り込むとエンジンをかけ車を出す。


動き出した車窓から景色が移り変わっていく。若干、混乱気味の詩織は、何が起きたのか理解するのに時間が必要で、1度大きく深呼吸し荒くなった息を整えた。


「·····あの·····。合格って·····」


「分からないなら別に良いよ」


そんな、どことなく冷めた言葉尻にチクッとした痛みが胸を占め妙に胸がザワついた。チラリと横顔を盗み見る。整った端正な顔立ちにアクアグレーの瞳が綺麗だと思った、あの時から詩織は、服部に惹かれ始めていた。


暫く2人の間に沈黙は続き。流るBGMからカンパネルラのメロディが流れた。


「カンパネルラ」


不意に口にした言葉。2人の視線が絡み合い会話の糸口になった。


「カンパネルラ好きなの?」


目と目が合ったのは、ほんの僅かな時だったけれど、詩織は満足だった。


「はい。思い出の曲なんです」


「そうなんだ」


「昔、子供の頃··········」


誰のことを言おうとし、そして詩織が、それを躊躇タメラっていることを察した服部は、真っ直ぐ前を見据えたまま言葉を投げかけた。「続けて」とだけ・・・。


暫しの沈黙の後、詩織は口を開く。


「·····沙那恵おば様が私を泣き止ませるのによく弾いて下さってて·····」


「·····そう」


「私が泣く度に、沙那恵おば様は何時も必ず私を膝に抱き優しく包み込みながらカンパネルラを弾いてくれたんです」


「··········」


「大好きだったんです·····おば様のこと」


「··········」


「おば様は口癖のように、仰ってました。どんなに暗く惨めで、寂しくても必ず救いの手は差し伸べられるものだと·····」


「救いの手?」


「はい。どれほどの困難も必ず何時か報われ、あなたにも明るい光が指す。だから今は、大人達の言動に迷いが生じることがあったとしても自分だけを信じて、一筋の光を待ち続けなさい。必ず、あなたを救うナイトが現れるから。約束して、けして私の言ったことを忘れないと·····あなたは、私達の救いだからって·····」


懐かしさに目尻が下がっり、柔らかな笑みが零れた。


「子供の頃は、その言葉の意味が分からなくて·····でも今は何となく、その言葉の意味が分かる気がするです」


「亡くなったも知る前に、沙那恵には会ったことは?」


「·····沙那恵おば様とは、おば様が亡くなる数ヶ月前に1度、お会いしました」


「彼女から何か聞いた?何を話したか覚えてる?」


詩織は必死に当時の記憶を辿る。


「お会いした時は、とっても幸せそうで、もう直ぐ結婚されると仰られていました。どんな人?って聞くと、おば様は一言·····優しい人って答えてくださって。優しい微笑みをみせてくれました·····」


「·····そう」


車が静かに止まり。服部の声音が、どことなく冷たく。温度を無くした眼差しが寂しさを物語る。


「それ。いつの話?」


服部の瞳から灯火が消えかけている。そんな気がして、どうしようもない感情の並が詩織の不安を煽り、止まらぬ衝動にかられた。自然と彼へ伸ばされた手は彼の頬を包み込む。そして2人の視線は、重なり、それと同時に、ある一点を彼は見つめていた。



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