第6話 守るべきもの

触れられた頬に熱が帯、愛おしそうに見つめる瞳の中に映る自分の姿。今は亡き叔母、沙那恵の姿と重なり。彼、服部曜は今も彼女を求め、恋焦がれ慕っているのだ·····。


彼女の死の原因を追求することを選び、今までどれほど辛い事実を受け止めてきたのだろう·····。結月家は名家として知られてたいたが、詩織が知る限り、本家の人間が人知れず行ってきた悪行の数々は、人の理に反している。子供ながらに感じた罪悪感。詩織は自らに流る血を憎み恨んでさえいた。


(結月の人達は褒められた行いばかりをしてきた訳ではものね·····。彼はどこまで真相に辿り着いている?)


立ち入る事さえ叶わぬほど、彼の愛は大きく、そして海より深く闇が濃い·····。逃れることの出来ない呪縛から、解き放ってあげたい。――――彼を結月の呪縛から救いたいと思ってしまった。


「·····馴れ馴れしく詩織に触れるな!!」


蒼介の怒りが、詩織を現実へと引き戻し。強引に引き離され胸元に引き寄せられると詩織の頬に触れ、まるで汚い物を払うような素振りを見せた。


「ありゃま。酷い扱いだねぇ·····まるでバイ菌でも付いたような」


先程までとは、打って変わった服部の、態度に蒼介は苛立ちを隠さない。


その苛立ちをヒシヒシと肌で感じ詩織は、そんな蒼介を見ているのが苦痛でしかなかった。


本当は誰よりも臆病で気が弱く、優しかった蒼介。彼は、どんな時も詩織の1番であろうとした。どんな時も、詩織を守る盾になろうと。·····どんなに苦しくても辛くても奮起し闘ってきた。


(あの時と同じ·····あの日と同じ顔をしてる。止めないと)


「蒼介。私は大丈夫·····大丈夫だから、ね」


宥めるように、そっと蒼介の首に腕を回し強く抱き締める。


冷たい蒼介の身体を守るように強く強く抱き締めた。


「·····詩織は、あんたが気安く触っていいほど安い女じゃないんだよ。それ、あんたが1番、分かってることだろ」


詩織を自分から、ゆっくり離し彼女の頭を優しく撫で、ルーロンへと引き渡す。そして眼光鋭く服部を睨みつけ拳を構える。


「蒼介ダメよ!!」


ルーロンの背に隠されていた詩織は咄嗟に声を荒げるも、既にその声は蒼介には届くことはなかった。


「詩織を傷つける奴は誰だろうと許さない!!」


珍しい光景に、ルーロンは笑みを浮かべ楽しいそうに様子を伺い、2人の動向を見つめた。直ぐにでも飛び出して行きそうな詩織を宥めながら。


「もしもの時はオレが止めに入るよ」


詩織の、瞳に不安の色が色濃く合わられ冷や汗が背筋を流れた。


「守るねぇ·····本気で言ってる?」


ふっと鼻で笑い服部は蒼介を軽くあしらう。


「誰だろうと関係ない!今まで2人で生きてきたんだ。他人のあんたに簡単に、かっ攫われてたまるかよ!!」


真っ直ぐ迷いなく突進していく蒼介。


「それ。威嚇のつもり?幼いねぇ」


身体を翻し服部は蒼介の背に回ると腕を強く捻りあげ膝を地面に押し付けた。


「ぐはっ·····」


「相手を選びなよ·····今の君じゃ。姫を守るどころか、自分さえ守れない!」


体術の1種だろう。一瞬の隙に、蒼介の身体は地面に倒れ身動きさえ封じられ、鈍い悲鳴を上げた。


「曜さんそこまで!」


ルーロンが素早く反応し、蒼介の前に庇うように立ちはだかるも·····彼の自身も、見るも無惨に投げ飛ばされ宙を舞う―――。


シツケがなってない」


受身を取りつつも投げ飛ばされ棚へ激突し、その拍子に足がテーブルを直撃。グラス粉砕した。


「いたぁーーっ」


床には割れたグラスの残骸が見るも無惨に広がった。


その破片を片付けようと手を伸ばしかけた詩織の腕を、服部が咄嗟に掴み、その白く小さな掌を自らの掌で包み込む。


「君は触っちゃダメ。怪我するでしょ」


詩織を見る瞳も態度さえも、誰よりも何処までも優しく、握られた手は、とてもとても冷たかったが彼の本質は、きっと優しいのだろうと肌で感じた。


「あのさー。曜さん·····姫に甘すぎ。俺達への扱いが鬼雑過ぎてマジで笑えない、どーするのこれ?もうすぐ開店(泣)」


散らばったグラスの破片に投げ飛ばされた衝撃で乱れた室内は、結構な勢いで散らかっている。じろりと睨みを利かしつつ服部は蒼介に目線を投げる。


「なーにー元はと言えば、このガキンチョが俺に喧嘩売ったからでしょーよ」


はぁ――――。大きなため息が漏れた。


「はぁ??俺のせい??」


大きく頷く2人の姿·····。


「·····元々は、あんたが詩織にちょっかい出すから·····」


ゴツンッ蒼介の頭上に重たい痛みが落ちた。


「ってーな!!マジ、汚ぇ。大人のジジイ2人の陰謀だ·····子供虐待!!」


ギャンギャンと子犬のように吠える蒼介に自然と笑みが漏れた。


「もう。ほら、蒼介もルーロンも悠長に話してる暇ないよ!お客様は待ってはくれないんだからね」


いつの間にか、ほうきとちりとりを持ってきた詩織は手早く掃除を始める。


「·····あなたも。蒼介を揶揄カラカうのそこまでにしてください。用事が済んだのならお仕事に戻られたらどうですか?」


手際良く割れたグラスを片付け散らばった荷物を片付けていく。


詩織の悠然ユウゼンとした落ち着きのある振る舞いに、その場にいた3人は顔を見合せる。


「ほんと·····詩織には敵わないな」


「この中で姫が1番のやり手かもね」


「こりゃ1本取られたねぇ。退散するかねぇ·····その前に·····」


――――ぐい――――突然、服部が詩織を抱き寄せた。


「·····きゃっ」


細い身体は意図も容易く服部の胸の中にすっぽりと収まり閉じ込められる形になった。


「こんなに簡単に知らない男に抱き寄せられても、君は同様一つしないんだねぇ」


「·····っ·····」


右手が空を切り服部の頬へ飛ぶ―――


「血気盛んなことで」


右手は容易く受け止められ虚しく宙に浮く。蒼介が直ぐに詩織を助けに行こうとするもルーロンに阻まれ身動きが取れない。


「ルーロンどけ!!」


首を横に振り蒼介の言動を止めた。


「悪いねぇ。この子、少し借りるよ」


服部は詩織を軽々と抱き上げ後ろを振り返ることなく、その場を後にした。



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