第4話 裏の仕事と表の仕事
ルーロンには裏の仕事があった。表の仕事はカフェの店主。裏の仕事は·····。
――密偵――
彼は、ある人物のSとして仕え従い、時に犬のように忠実に接していた。
―――それはまるで、そうせざるを得ないかのように·····。
時に危険な仕事だと知る事もあった。詩織も蒼介も暗黙の了解で自ら仕事を手伝っていた。彼と会うのは、もう何度目だろうか?未だに会話すら交わしたことがない。
いつも決まってルーロンは詩織と蒼介を彼から遠ざけていた。風変わりで独特な雰囲気を醸し出しディープなイメージを抱く大人な男。彼は今、煙草をふかしバーRock《ロック》のソファーに深く腰掛け、鋭い眼光でルーロンと対話している。
「·····いい加減、飽き飽きするんだけど、学習しようよ。大人なんだから、ねぇ」
その人が口を開いた。赤茶色の肩まである髪を1本に簪で纏め、切れ長の濃いグリーンの瞳が睨みをきかす。―――その瞬間、部屋の空気は一変し静寂が恐怖の色と共に流れた。
「曜さん子供いるんで睨み利かすのやめてもらえませんかね。·····姫も怖がってますし」
ニヒルに笑ってルーロンが近くに居た蒼介に目をやった。蒼介は詩織を庇うように背後に隠し、真っ直ぐ曜を睨みつける。
彼は警視庁、特殊犯罪対策、特殊事例班に通称、紅の
表向きは、殺人事件等を扱う部署の課長。―――名は
ここ数ヶ月、昼夜問わず店にフラっと現れ、ルーロンと親しげに話、何やら念入りに打ち合わせを行っている。
「子供·····ねぇ。姫は別として、ガキンチョの方は、お前が可愛がってるペットでしょーよ」
その言葉に、ルーロンは満面の笑みで返した。何気ない会話の中に数多くの深い意味が含みまれているのだと悟っるのは、まだまだ先のこと。
しばらくすると服部は、鞄から財布を取り出し万札を数枚、蒼介のシャツのポケットに押し込んだ。
そして蒼介の頭をワシャワシャと撫でながら目線だけを詩織に向けた。
「·····お姫様·····か」
含みのある言葉。蒼介も詩織も怪訝そうな表情を浮かべるも、何処と無く空気の流れが変わった事を察し喉元まで出掛けた声を飲み込んだ。
「·····蒼介。悪いが姫を連れて買い物に行ってきてくれ――――」
「·····分かった」
ジッと見つめる視線は、獲物を狙う獣のように詩織を捉えたまま離さない。ゾクッと背筋が凍るような、そんな冷たい眼差しに、蒼介は思わず詩織の手を強く握りしめていた。
「·····手。痛いよ。蒼介·····」
無意識だった―――。無意識に、服部曜という男に恐怖を感じていたのだ。でも、その感じた恐怖は一瞬で消え今は、にこやかにルーロンと話をしている。
「··········」
「ん?どーした?蒼介」
「·····いや。なんでもない。行こう詩織」
ぺこりと会釈し、その場を立ち去ろうとした時――――蒼介の肩に鋭い痛みが走った。肩の上には服部の掌。そのガッシリと骨張った大きな掌が、力強くガシッと肩を掴んでいた。その掌は、とても重たく、そして意図のある重みは簡単に振り払うことを許さない·····。
蒼介の表情がみるみるうちに曇り、恐怖が脳裏を支配するまで、そう長くはかからなかった――――。
「弱いねぇ」
ポッリと呟かれた言葉。
――――パシっ――――
乾いた音が、静寂を切り裂いた。
「やめてください!!」
服部は表情1つ変えることなく詩織を見据え、上から見下ろす形で言葉の槍を投げた。
「·····さすが結月家の姫様だねぇ」
一瞬にして、その場の空気が凍りつき詩織の中に服部 曜を危険と警戒する警報音がけたたましく鳴り響く。
「·····なぜ私の事を知ってるの?」
ジリリッと距離を寄せる服部が詩織の頬をサラリと撫でた。
「結月家とはつくづく深い縁で結ばれてるみたいだねぇ·····」
詩織を愛おしそうに見つめる目は、何故だかとても悲しげで、そして遠くを見つめる眼差しが、とても切なくキュッと胸が軋んだ。
「俺はねぇ結月
―――――結月沙那恵。
彼女は既に亡くなっている。
【死因は自殺】とされ、真実は捻じ曲げられ違った形で婚約者であった服部の元へ伝えられた。
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