第2話


何とかこの場を取り繕うとした。



「え?あ、あ、そう・・・。あぁ~・・・あ、これチ、チケットね。じゃあ!」



私はまるで聞いてなかったかのように、その場を逃げるように走り去った。



(え~これ返事せなアカンのかなぁ~。)



私は一瞬だけ悩んだ。けれど、新人王の事で頭が一杯だったので、すぐに忘れた。その一件以降、私は練習で手一杯だったので、大学にもあんまり行かなかった。



だから、Aちゃんとも会う事がなかった。



そして、試合当日。



私は4戦4勝(2KО)、相手も4戦4勝。



KO勝ちがないという事はパンチがそんなにない。しかし、そういう選手は得てしてスタミナ、イコール手数があるという事。我慢比べの激しい勝負になるだろう。



そして、リングイン。



いつものように、名前がコールされるまでの間、シャドーをして待っていた。



「おい!坊主!花束だぞ!」



「え?」



私はリング上で1度も花束なんかもらった事がなかったので戸惑った。



見るとAちゃんだった。



いつものラフな服じゃなく、着飾った服装で恥ずかしそうに花束を持って立っていた。



「坊主くん!頑張って!」



「あ、あぁ・・・。」



初めてじゃないだろうか?Aちゃんの顔を正面から見たのは。



試合は1Rで私の左フックが相手の顎に入り私の視界から消えた。ダウンしたかと思ったら、驚異的な足腰力で立ち上がってきた。



さすがに、負けなしなだけにモノが違うなと思った。



それに一発一発のパンチ力はないけれど、手数がほぼ休みなく雨あられのように出してきた。



後で聞いた話しによると、相手のジムは私の試合のビデオを見て相当研究してたらしい。



私のたまに出す左のボディー。



そのパンチを相当警戒していたみたいで、私が手を出せないくらい手数を出し続けて、判定までもっていく作戦だったらしい。対して私のジムは、スタミナと手数がスゴいという情報しか教えてくれなかった。



やはり、実力が拮抗していたら、相手をどれだけ研究したかで勝負の行方は決まるんだと、この試合で思った。



1ラウンドで眼筋麻痺、鼓膜が両耳破かれ、眉尻を切るという激闘。2人見える相手の片方を狙い攻撃する私。



結局、判定で初黒星を喫してしまった。大学にもしばらく行かなかった。



Aちゃんに対して、返事も花束をもらったお礼も言えないまま私は大学を卒業してしまった。あれ以来Aちゃんとは会っていない。



きっとAちゃんは、アザのせいで私の事・・・と感じていると思う。あの当時の私は、きっとAちゃんとは付き合っていなかっただろう。



Aちゃんはアザを気にして、いつもBちゃんの陰に隠れるようにしていた。



だから、あの花束を渡してくれたリング。



あの日、2000人以上入っていて超満員だった後楽園ホール。



Aちゃんがどれだけ勇気を振り絞って、逃げずにリングに上がったことか・・・。



あの時、きちんと返事をせず逃げた自分。



今でも、たまに思い出して胸が痛む・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今でも思い出し、後悔している事 絶坊主 @zetubouzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ