第四話

 美鈴の後につき、同じレーンの改札を抜け、隣接するバスロータリーに出ると、時間に追われることの無くなった人々が、この一時を少しでも長く楽しもうと、日中よりも緩やかなBPMで活動している。明かりが灯りだすこの時間帯の街中は、昼と夜のルールが入り混じっている気がして、カーディガンを羽織ってくるべきか迷ったように、どちらに合わせればよいのか判断に遅れる。


「春香もだけど、みんなで会うの、めっちゃ久しぶりだよねー」


 歩くペースを落として、隣に並んだ美鈴も、薄手のコーデュロイを着ているし、午前中に雨が降っていたこともあり体感温度は低い。この判断は正解だった。


「こういう機会ないと、みんなでは中々会えないもんね」


 当然だけど、同じ制服を着て、同じ曲を演奏していた頃と美鈴の印象は違う。けれど、もう今日の姿が彼女にとっての、普段どおりなのだろう。だから、視力は良かったはずなのに、美鈴が丸眼鏡をかけていることにも、私の髪色が少し明るくなっていることにも、まるで当時からそうしていたかのように、顔に馴染んでいる化粧にも、お互いに触れることはない。


「ねー、昔は嫌ってくらい、同じ顔合わせてたのにさ」


 同級生が、どこにでもいる高校生から、今時の若者へと変わっていく様子は、SNSを見ていれば察しがつく。そこにはお酒、タバコ、肉体関係を匂わせる恋愛といった高校生の頃には存在しなかったものが詰まっている。よく知る旧友の姿が消えていくことに、寂しさや嫌悪感が生まれることはあるけれど、自分も進学して、お酒を覚えて、恋愛をした。今時の若者へと変わった1人なのだから、それも口にすることはしない。


「誰かが帰省した時くらいしか集まんなくなっちゃったね」


 都内が地元の私達は、その殆どが都内に進学し、一人暮らしをしている者も少ない。一年生の頃は、たまに連絡を取り、お酒を飲んだりしていたけど、大学内で新たな出会いが生まれると、上京してきて一人暮らしをしている友人宅という、親の目が届きようのない空間に充足感を覚え、そちらがメインのコミュニティとなっていく様子すらも、SNSで知ることになる。私の元カレも、東北から上京してきて、一人暮らしをしていた。


「あ、私、お金下ろさなきゃやばいかも」

「え、お店割とすぐだよ」


 右肩に掛けられている、小さなショルダーバックから財布を取り出し、美鈴が踵を返す。


「駅んとこのコンビニで下ろしてくる。ごめんすぐ戻るからちょっと待ってて!」


 わかったーと、ため息まじりに応えながら、高校時代の面影を感じて安堵する。部活もクラスも一緒だった美鈴と、より親しくなったのは、離れた席からやって来た彼女が、申し訳無さを全面に押し出した笑みで、「今の授業ほぼ寝ちゃってたから、ノート取らせてくんない?」と両手を合わせて、お願いされたのがきっかけだった。いくら風貌が変わって、共有できていない経験をしていても、あの頃に確立したアイデンティティは、そう簡単に変わらない。


 私も、左肩に掛けている小さなショルダーバックを開いて、黒いケースを取り出す。少しでも1人の時間ができると、すぐにワイヤレスイヤホンを付けてしまうのは、今時の若者となった弊害かもしれない。


 サブスクリプションサービスを契約している音楽アプリを開き、シャッフルボタンを押すと、あの映画の主題歌が流れた。明かりが輝きを増し始めた、今時の若者向けの店が並ぶ学生街は、耳に入るバラードと共に、もう一段階テンポが落ちていき、イヤホン越しでも聞こえるどこかの笑い声が、シンバルのように弾けている。


 大学受験に向けて、同じ高校、同じ塾に通っていた男女数人で作られたグループに、「春休みの終わりに、こっちの友達と東京に帰るんだけど、どっかで飲み行ける人いる?」とメッセージが表示されたのは、一週間と少し前。長らく使用されていなかったそのトークルームは、未だに誰も退出しておらず、部活で九州に遠征しているという一人を除いて、全員が参加することになり、すぐに日時と場所が決まった。私を含めて、皆、集まれるきっかけを求めていたのかもしれない。


 元カレと別れる寸前に決まった旧友との再会は、誤認した体感温度から身を守るカーディガンのように、私に、一人ではないという安心感を与えてくれた。バイト先の飲み会で抱いていたそれとは違う鮮明な希望と、自分の素直な本心を伝えるんだという決意と共に。

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