第36話 ガーデンパーティー


 私は今日、二十歳になった。

 アルフレッド様が気取らないガーデンパーティーにしようと仰ってくださって、庭園にテーブルを置いて立食形式のパーティーを開くことになった。

 今日着ている淡い水色のドレスは体を締め付けないゆったりとしたつくりで、生地も柔らかくてとても着心地がいい。ようやく完治したばかりの私の体に負担がかからないようにとラナが選んでくれたもので、私への気遣いを感じられてうれしかった。

 髪はラナがきれいに結い上げ、最後にアルフレッド様が青い大輪の花を挿してくれた。

 アルフレッド様の指が髪や耳に触れると鼓動が早くなって頬が熱くなってしまう。

 顔を上げるとアルフレッド様も赤くなっていて、思わず笑ってしまった。


 パーティーには主だった使用人や騎士団の上位の人も参加している。

 皆それぞれ花を持って私に祝いの言葉を述べ、私たちの座るテーブルの花瓶に挿していくという素敵な演出をシリルが考えてくれ、テーブルが花でいっぱいになっていく様は見ていて幸せになった。

 カイン卿が花を持ってきてくれたときは少し緊張したけれど、何事もなかったかのように笑顔で祝いの言葉を述べていく彼はやはり大人だと思った。

 そしてカリスト叔父様。わざわざ王都から駆けつけてくださった。

 叔父様の体にぴったりと合ったスーツは派手過ぎず地味すぎず、センスの良さを感じさせる。相変わらず素敵だわ。


「誕生日おめでとう、フローラ」


「またお会いできてすごくうれしいです、叔父様。遠いところをありがとうございます」


「こちらこそ、大事な姪の二十歳の誕生日だから参加させてもらえてうれしいよ。感謝しますガーランド辺境伯」


 アルフレッド様がこちらこそ、と短く返した。


「以前会ったときよりもずっと綺麗になった。君を見ていればわかる。幸せなのだな」


「はい、叔父様」


 微笑む叔父様の瞳は慈愛に満ちていて、胸がふわりと温かくなる。


「よかった。本当に安心したよ。君も王都に来たときは是非うちに寄って行ってくれ」


「はい、是非」


 アルフレッド様が「義叔父上おじうえ、少し失礼します」と立ち上がって、叔父様に小声で話しかけていた。

 二人とも少し難しいお顔になっているけれど、お互いに悪感情があるわけでもなさそう。お仕事の話かしら?

 その後すぐにアルフレッド様が席に戻ってきた。


 花瓶がほぼ埋めつくされた後、大きな花束を抱えた女性が歩いてきた。

 花で顔がよく見えないけれど……?


「フローラお嬢様、いえ奥様。お誕生日おめでとうございます」


 なつかしいその声に、はっと息をのむ。


「そんな……」


 以前よりも少しだけふっくらした体。

 変わらない優しい茶色の瞳。


「……マリアン」


 慌てて椅子から立ち上がって、彼女の前に立つ。

 うれしさのあまり、心臓がドキドキとうるさい。

 まさか今日マリアンに会えるなんて。

 マリアンから花を受け取ると、ラナがそっと傍に来て、マリアンの花を花瓶に挿してくれた。


「会えてすごくうれしいわ。マリアン、元気だった?」


「ええ、おかげ様で。辺境伯様とフローラ様のおかげで、夫もかなり元気になりました」


「良かった。それにしても、シルドランからお祝いに来てくれたの? ここまで遠かったでしょうに」


 マリアンの休みは週に一度しかないから、こことシルドランを一日で往復できるものかと心配になる。

 こう言ってはなんだけど、お父様もイレーネ夫人も使用人に快く休暇をくれるような人じゃないから。


「いいえ、遠くはありませんでした」


「?」


「辺境伯様が、街に家族で住む家を用意してくださったのです。私に乳母としてフローラ様の傍にいてほしいと。今はとても快適に過ごさせていただいています」


「……!」


 アルフレッド様に視線を移すと、優しい笑みを浮かべていた。


「気心の知れた人が一人でも多く側にいたほうが、君も安心できるだろう。もともと嫁いでくる女性は誰か一人は連れてくるものだしな。もちろんマリアンとその家族の意思を確認し、尊重した結果だ」


「あ……ありがとうございます」


 だめ、みんなの前なのに泣いてしまいそう。

 私は辺境伯夫人として生きていくのだから、弱々しい姿を見せるべきではないのに。

 ああ、だけど。


「これからは一緒にいられるのね」


「ええ、ええ……。こんなにうれしいことはありません」


 マリアンの瞳に涙が浮かぶ。


「お美しくなられましたねぇ、フローラ様。お幸せになられて、本当に……本当に良かった」


「マリアン……!」


 こらえきれず、彼女に抱きついて涙をこぼしてしまう。

 マリアンの優しい手が、私の背中を何度も撫でた。

 幸せというものは、私をこうまで涙もろくさせるのだとあらためて思い知った。

 涙を拭いてマリアンから離れる。

 みんなの前だというのに、子供のように恥ずかしい姿を見せてしまったわ。

 けれど、私にハンカチを差し出してくれるラナの瞳もうるんでいて、また泣きそうになってしまう。

 不思議な低い声にふと振り返ると、オウルが嗚咽を漏らしながらハンカチで目元を押さえていた。シリルが少し恥ずかしそうに「じいちゃん……」とつぶやく。

 その様子がかわいらしくて、笑みがこぼれた。



 今日も扉のノック音のあとに、アルフレッド様が部屋に入ってくる。

 以前と違うのは、入ってきたアルフレッド様が私をそっと抱きしめること。そして、ソファに座る二人の間には距離がほぼないこと。


「今日はありがとうございました。特にマリアンのこと……本当にうれしかったです」


「マリアンの夫の体調が回復してからと思っていたから、間に合ってよかった。病気をする前は庭師だったというから、完治したあと本人さえ良ければうちで働いてもらおう」


「何から何までありがとうございます。こんなに良くしていただいて、申し訳ないほどです」


 ふ、とアルフレッド様が笑う。


「君は俺の愛する妻なのだから、俺が君のためにできることをするのは当然だ。君が俺に与えてくれたものの大きさは計り知れない」


 そんな風に言われると、頬が熱くなってしまう。

  

「だがサプライズプレゼントはほどほどにしておくよ。君の意思が何より大事だから」


「ふふ、ありがとうございます」


「これが最後のサプライズかな? いやサプライズというほどじゃないが」


 アルフレッド様が箱を私に差し出す。

 促されて開けると、目を見張るような美しいネックレスが入っていた。

 私の瞳に合わせたのであろう中央の大きな紫水晶と、それを引き立てる無数の小さなダイヤモンド。同じデザインのイヤリングもある。

 華やかではあるけれど派手というほどではなく、上品さと優雅さを兼ね備えている。

 見とれるほど美しいけれど、これは……とんでもなく高価なのでは?


「ア、アルフレッド様。こんなに高価なもの……」


「高価というほどじゃない」


 いえ嘘ですよね!?


「宝飾品にも好みがあるからあまり強引に贈るのもどうかと思うんだが、君は遠慮して値が張らないものばかり選んでしまうだろうから、今年は許してくれ。来年からは一緒に選ぼう。王族が身に着けるものよりはかなり控えめなものだから安心してほしい」


「で、ですが」


「目的もある。これを身に着けて来週開かれる王宮の舞踏会に一緒に出てほしい」


「王宮の舞踏会ですか? 社交界デビューも済ませていないので、うまく振舞えないかもしれません」


「別に構わない。ダンスも屋敷にいる頃に習ってはいただろう? 上手である必要はない。王家に紹介ができて、仲睦まじい様子を周囲に見せられればそれでいいんだ」


 いよいよ辺境伯夫人としてお披露目されるということかしら。

 でもずっとアルフレッド様と一緒に生きていくのなら、避けては通れない道よね。

 ネックレスも、身を飾って自分で満足するためだけのものではないからありがたく受け取らなきゃ。

 社交界においては、美しさや立ち居振る舞いだけでなく身に着けているものも見られる。

 やりすぎればただ下品になってしまうけれど、質とセンスの良い品を身に着けるのは良い意味で人々の視線を集める。

 美しく繊細な意匠の宝飾品は、その領地がどれほどの加工技術を持っているかを示すものでもある。王都で宝飾品を買う人も多いから必ずしもではないけれど。

 そんな人目をひく宝飾品を身に着け、私がアルフレッド様と仲睦まじい様子を見せることで、アルフレッド様は「女性嫌いの独身」ではなく「妻を愛する一人前の男」であることを人々にアピールすることができる。

 結婚を強制する法律があるくらいだから、この国においては独身の貴族は一人前と見なされない風潮があるのだと以前お母様が教えてくださった。


「君が何を考えているかだいたいわかるが、難しく考えなくていい。ただ俺と一緒にいてくれればそれでいい」


 アルフレッド様が苦笑する。


「わかりました。頑張ります」


「頑張る必要はないんだがな。楽しんでくれたらありがたい」


「はい」


「俺は辺境伯だから、君に負担をかけないとは言えない。舞踏会のこともそうだし、辺境伯夫人としての役割を求めることもある」


「はい、承知しています」


「だが、無理はしないでくれ。つらいことはつらいと言ってくれ。慣れないことは俺がフォローしていく。何よりも、俺にとって必要なのは、辺境伯夫人じゃなくフローラ自身なんだということを忘れないでほしい」


「ありがとうございます」


「こちらこそ。俺を受け入れてくれて、俺の妻になってくれてありがとう」


 見つめあって、微笑みあう。

 アルフレッド様がそっと手を重ねてきた。

 私は彼の腕に少しもたれかかる。あいかわらず驚くほど硬い。


「幸せだ」


「幸せです」


 まったく同じタイミングでそう言って、声が重なる。

 同時に言ったのがなんだかおかしくて、うれしくて、二人でクスクスと笑いあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る