第17話 来客
トマスと誕生日の料理についての打ち合わせを終えて自分の部屋に戻ろうとしたところで、シリルに声をかけられた。
「奥様にお会いになりたいという方がいらっしゃいます。許可をもらえるなら明日会いに来たいと」
「私に……? どなたですか?」
私を訪ねてくるような人って誰かしら。
まさかマリアンではないだろうし。
「カリスト・アストリー様と仰る方です。叔父様とのことですが、お間違いありませんか?」
「まあ、叔父様が……! ええ、もちろんお会いするわ。時間は何時でもいいわ」
「承知いたしました。では先方にその旨伝え、僕のほうで時間を調整しますね」
「ええ、お願いね」
叔父様にお会いできるなんて。
プレゼントは毎年いただいていたけれど、もう十年はお会いしていないわ。
楽しみで仕方がない。
ピクニック前日のようにそわそわしてなかなか寝付けない夜を過ごし、いよいよ叔父様が訪ねていらっしゃる午後。
ノックの音に、勢いよく立ち上がってしまった。
シリルに案内されて応接室に入ってきたのは、なつかしいカリスト叔父様。
金茶色の髪と藍色の瞳はお父様と同じだけれど、顔立ちは似ていない。
少し皺が増えたけれど、整ったお顔立ちと知性を感じさせる穏やかな眼差しは昔のままだわ。
「カリスト叔父様、お久しぶりです」
「フローラ、すまなかった!」
立ったままの叔父様が私に向かって頭を下げる。
びっくりしてしばらく言葉が出なかった。
「叔父様? 何を謝罪されることがあるのでしょう。頭をお上げになって、まずはお掛けになってくださいませ」
「あ、ああ……」
叔父様が私の向かいに座る。
「数か月前にこの国に戻ってきた。しばらく外国で商売の基盤を作ってきたが、商会を立ち上げる準備が出来たので帰国してきたんだ」
「そうだったのですね」
「君もそろそろお婿さんをもらった頃だろうかと思いシルドラン伯爵領に行ったんだが、相変わらず屋敷には入れず門前払いされてしまった。何か話を聞けるかと町の人に声をかけたら、とんでもない話を聞いた。義姉上は亡くなり、兄上が後妻を迎え後妻との間に年頃の娘までいると」
「……」
「それで詳しい話を聞くべく、屋敷から使用人が出てくるのを隠れて待ったんだ。そして屋敷から出てきた下働きの人間に君のことを聞いた。跡継ぎである君があんな扱いを受けているなんて考えもせず……本当にすまなかった!」
「どうか謝罪などなさらないでください。叔父様は何一つ悪いことなどなさっていないのですから」
叔父様は屋敷にも立ち入れなかったし、外国に行っていた。
そんな中でも私を気にかけてくれていたのだから、ありがたいと思いこそすれ負の感情なんて抱くはずがないのに。
「いや。君が想像を絶する扱いを受けていたことを知って、死ぬほど後悔した。君から毎年来ているプレゼントの礼状だけで安心せず、時々でも帰国して君の様子を気に掛けるべきだった」
「お礼状は私が十四歳になって以降も届いていたのですか?」
「ああ。筆跡も君のものだったように思っていたが、違ったのだな……。元気で暮らしている、婚約者とも仲良くやっていると……そんなことを信じて、私は……」
叔父様がうなだれる。
そういえば、執事のジェームズは筆跡を真似るのが得意だった気がしたわ。イレーネ夫人が書かせていたということかしら。
やっぱり叔父様は毎年プレゼントをくださっていたのね。私の手元に届くことはなかったけれど。
「叔父様。叔父様が謝られる必要など本当にないのです。ずっと気にかけてくださって、こうして会いにきてくださって。感謝しかありません」
「フローラ……」
叔父様が悲しそうな顔をする。
「だからどうか謝らないでください。私は叔父様にお会いできてうれしいのですから」
「……君は優しい女性に育ったのだな。義姉上のおかげだろう」
叔父様こそ相変わらず優しい。
小さいころに会って以来だけれど、私は叔父様の優しい眼差しが大好きだった。
無意識に、叔父様の中に“父親”を見ていたのかもしれないと今になって思う。
「フローラ。この結婚についても伯爵家の使用人から聞いた。今すぐにでもここを出て私の元に来ないか? 再婚の手伝いもするし、結婚を望まないなら養女として私の所で暮らせばいい。一人暮らしを望むならその手配をしよう。金銭的なことなら私が辺境伯と話をつける」
「ありがとうございます。叔父様が聞いたのがどういう内容だったかはわかっていますが、そのほとんどは嘘なのですよ。アルフレッド様は優しい方ですし、今幸せに暮らしています」
「一年で離婚というのも?」
「……どうでしょう。結婚生活というものは何があるかわかりませんから……」
あいまいに笑って、あいまいに答える。
「フローラ」
「叔父様のご厚意、とてもうれしく思っています。ですが、今ここを去るつもりはないのです。これは私自身の意思です」
「……」
叔父様がしばらく考え込む。
「……わかった。何か事情があるのだろう。君はもう大人だから、君の意思を尊重する。だが私はいつでも君を受け入れる意思がある。いつでもいい、頼りたいと思ったら遠慮などせず頼ってくれ」
叔父様は懐から住所を書いた紙を出し、テーブルの上に置いた。
今は王都に住んでいらっしゃるのね。
「はい、ありがとうございます。私をこんなに気にかけてくれる家族はもう叔父様だけなので、本当にうれしいです」
「こんなことを言うと気持ち悪いと思われるかもしれないが、君は大事な姪だし、……娘がいたらこんな感じなのだろうかとずっと思っていた。私は一度結婚したが上手くいかず、もう子供を持つこともないとわかっていたからよけいにそう思ってしまったのだろう」
「そうだったのですね。気持ち悪いだなんて少しも思いません。私も何度か思ったことがあります。叔父様が父親だったらと」
「……ありがとう」
叔父様が穏やかに微笑む。
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干し、叔父様が立ち上がった。
「君が幸せならそれでいい。だが困ったことがあればいつでも助けになる。それを忘れないでおくれ」
「はい」
「じゃあ私はこれで失礼する」
「会いに来てくださってありがとうございました。お手紙を書きますね」
「楽しみにしているよ」
玄関までお見送りを、と申し出たけれど、叔父様はそれを断って去っていった。
やっぱり叔父様は変わらず紳士で優しい方だったわ。
またいつかお会いしたい。
いよいよアルフレッド様の誕生日を明日に控え、今日はシリルと狩りに来ていた。
大人数で行くと獲物が逃げてしまうため、城から一緒に来てくれた護衛騎士二人は森の入り口にとめた馬車のところで待っていてもらった。
シリルによく鴨がいるという池に連れてきてもらうと、たしかに鴨が数羽、優雅にすいすい泳いでいた。
少し離れた場所でクロスボウの弦をかけて矢を装填し、シリルにはその場で待っていてもらった。
身を低くして池の手前の斜面に隠れながら距離をつめる。
クロスボウを構えてトリガーに指をかけた瞬間、気配か音を察知されたのか鴨が一斉に飛び立った。
そのうちの一羽に狙いをつけ、動きを先読みしながらトリガーを引く。
頭に矢が命中した鴨は、真っ逆さまに池に落ちていった。
「うわぁ、お見事です、奥様」
「ありがとう。一度で当てられて幸運だったわ」
ロープの先に鉤爪がついたものを鴨に向かって投げ、引き寄せる。
あれこれ用意してから血抜きを始めると、シリルが小さく「う」とうめいた。
「あまり気持ちのいいものではないわよね。見なくていいのよ」
「い、いえ……勉強になります」
血抜きを終えてさらに“下処理”を続けると、いよいよシリルが顔をそむけた。
どうもこういうことは苦手なようね。
私も得意なわけではないけれど。
「アルフレッド様が喜んでくださるといいのだけれど」
「そうですね。……心から尊敬します、奥様」
目をそらしたままシリルが言う。
私も最初は目をそむけるどころか泣いてしまったものね。なつかしいわ。
鴨の鮮度が落ちないよう、氷の魔力でゆっくりと冷やしていく。
「! 奥様……魔法を使えるのですか!?」
「え? ええ」
「ご主人様はそのことを?」
「そういえば言っていなかったわね。でも大したものではないのよ。攻撃に転用できるほどのものじゃないし、生活を少しだけ便利にしてくれる程度なの」
「そうですか……」
シリルが口元を手で覆う。
惜しいな、とつぶやいた気がした。
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