第16話 お祝いの計画


「君は本当に美味そうに食事をするな」


 そう言われて、はっと顔を上げる。

 長いテーブルの向こう側にはアルフレッド様。

 夕食を共にするようになってもう一週間経つ。最初は無口だったアルフレッド様も、少しずつ会話をしてくださるようになってきた。


「念のために言っておくが悪い意味で言ったんじゃないからな。食べ方はきれいだし、美味そうに食事をする様が好ましくてほめているんだ。君は明るくてポジティブなのに、自分自身のことになると急に自信をなくす傾向があるからな」


「そ、そうでしょうか……? それにしても、このビーフシチューは本当に美味しいですね。お肉はホロホロと柔らかくほどけて、シチューの甘味と酸味のバランスもいいし。ほんの少しだけ感じる苦味がさらに美味しさに奥行きを出しているようで。グランヴィル家の料理人は本当に腕がいいのですね」


「気に入ってもらえて何よりだ」


 そんな私たちの会話を、壁際に立つシリルとラナが微笑ましげに見ている。

 特にシリルには感謝されてしまった。「奥様のおかげでまともに食事をとってくれるようになりました」と。

 私のおかげというわけでもないのだけれど。

 でもこうして一緒に食事をできるのはやっぱり楽しいわ。

 そしてご本人は気づいていないであろう、アルフレッド様の癖。デザートを食べると目じりが少し下がる。

 クールなイメージのあるアルフレッド様が甘いものがお好きだなんて、なんだかかわいらしい。


「アルフレッド様、ひとつお願いしてもよろしいでしょうか」


 食べ終わったところで、アルフレッド様に話しかける。

 この時間だけがアルフレッド様と確実にお話できる時間だから、今話しておきたかった。


「なんだ?」


「月々の品位維持費は好きに使っても良いと仰いましたが、その中から他人に送金しても構わないのでしょうか」


「君の好きに使える金だから用途は問わない。送金したいというのは、乳母か?」


「仰る通りです」


 そうよね。

 あの日私の話をお聞きになったのだから、私が送金したい人といえば誰なのかはすぐにお分かりになるわよね。


「私のためにたくさんお金を使わせてしまったから、返したいのです」


 アルフレッド様からいただいたお金をマリアンに返すというのも気が引けるけれど、彼女には病気で働けない夫や年老いた母がいる。

 私が稼げるとしたらせいぜい狩りで肉や毛皮を売るくらいだろうけど、それではお金を稼ぐにも時間がかかってしまう。

 早くお金を返して、少しでも楽に生活をさせたい。


「君が乳母に恩返ししたいという気持ちはよくわかる。俺も自分の乳母にたいそう世話になったからな。そこのラナの母親なのだが」


「まあ、そうなのですね」


 ラナをちらりと見ると、彼女は優しい微笑を浮かべた。

 だからラナはアルフレッド様からの信頼が厚いのね。

 幼いころからの知り合いだろうし、女性が苦手なアルフレッド様も気を許せるのかもしれない。


「乳母は俺が唯一甘え頼ることが許された女性だ。今は田舎に帰っているが、優しい人だった」


 許された?


「……いや。乳母の話だが、下手に送金すると難癖をつけられて伯爵や後妻に奪われるという可能性はないのか?」


「ないとは言い切れません」


 恥ずかしい話だけれど、そういう人たちだから。


「それなら乳母の家族に直接金を渡すとしよう。大金を急に渡してはおかしな輩に目をつけられるかもしれないから、少しずつ。そして乳母の夫のため腕のいい医者を派遣する。君が乳母に手紙を書くならそれも持たせよう」


「……! そこまでしていただけるなんて。ありがとうございます……本当にありがとうございます!」


 アルフレッド様に甘えてばかりで心苦しいけれど、マリアンを助けられるのならこれほどうれしいことはないわ。

 彼女に手紙を送ったところでイレーネ夫人の手に渡りそうだったから手紙を書くこともできなかった。

 マリアンには、美味しいものをたくさん食べていること、皆親切で幸せに暮らしていることを知らせたい。


「ただ、彼女の家族の正式な住所は知らないのです。住んでいる村はわかるのですが」


「そこまでわかればすぐに調べはつくだろう。心配はいらない」


「本当に……心から感謝します」


「言っただろう。俺は諸々承知の上で結婚してくれた君に感謝をしていると。この程度のことなんということはない。君が望むことは可能な限りかなえるし、君を伯爵領に戻すつもりもない」


 壁際から、「キャ~」とか「おおー」いう小さな声が聞こえてくる。


「……そこ。誤解するな」


「わかっていますよ、ご主人様」


「シリル。その顔はわかっていない。この結婚に関しては当初の予定どおりだ」


「そうですか」


 そう言うシリルとラナはやたらニコニコしている。

 本当にそんなんじゃないのに、なんだかむずむずするわ。


「とりあえずその話はいい。今の件をなるべく早く手配しておいてくれ」


「承知いたしました」


「何から何までありがとうございます」


「いや」


 そんな私たちの会話を、やっぱり壁際の二人は微笑みながら見ていた。



 食事を終えて部屋に戻っても、ラナはまだうれしそうな顔をやめない。


「ラナ、誤解しないでね。本当に違うのよ。アルフレッド様の事情はラナもご存じなのよね?」


 ラナの表情から笑顔が消え、少し沈んだ顔をする。


「はい、ご主人様の幼馴染である私とシリルは知っています。そこに至る経緯は詳しくは知らないのですが、ずっとお気の毒に思っていました」


「そうなのね。私はその件に協力するつもりでいるけれど、そう簡単に治ったりするものじゃないと思うの。少しでも軽減すればいいとは思うのだけど。一年後については当初の予定通りになるわ。そんな私への気遣いとして、事情の複雑な伯爵領には戻さないと仰ってくださっただけなの」


 ラナが寂しそうな顔をする。

 表情がどんどん豊かになっていくラナは、年上のはずなのにかわいらしく感じてしまう。


「そうでしょうか」


「ええ。でもアルフレッド様には本当に感謝しているわ。私もできる限りのことはするつもりよ」


「ありがとうございます」


「ところで、ラナ。アルフレッド様のお誕生日がいつか知っている? もうすぐ二十四歳になられると聞いたのだけれど」


「はい、あと十日ほどで二十四歳になられます」


「本当にもうすぐだったのね。聞いておいてよかったわ。パーティーを開いたりは?」


「いいえ、特には。もともと社交活動は最低限にしかなさらないので近隣貴族ともあまりお付き合いはありませんし、社交シーズンになっても王都には滅多に行かれません。魔獣の対応という理由があるからというのもありますが」


「内輪でお祝いしたりもしないの?」


「はい。普段通りです」


「そう……。いつも良くしてくださるアルフレッド様のために何かできたらと思ったのだけれど……」


 金銭面ではアルフレッド様に全面的にお世話になっているから、何かを買ってプレゼントというのはおかしな話だし。

 何かに関して特別技術があるわけでもないから、何かを作って差し上げるというのもできない。

 私が人より得意なことって、狩りくらい?

 だからって獣の肉をプレゼントにするというのも……。

 それなら、それをお料理にしてみようかしら。


「ラナ、厨房に行ってみたいのだけど」


「承知しました、お供致します」


 ラナを伴って厨房に行くと、三人の料理人が料理の仕込みをしていた。明日の朝食かしら。

 この広いお城で料理人が三人というのも少ない気がするけれど、下働きの人が今いないだけかもしれない。それに厨房がそこまで広くないから、少なくとも騎士たちの食事はまた別のところで作っているのでしょうね。

 料理人の三人は、赤い髪の恰幅の良い男性と、緑の髪のやせ型の男性、黄色味の強い金髪の中肉の男性。

 どことなくトマト・きゅうり・コーンを連想させる。

 トマ……赤い髪の男性が一歩前に出る。彼がここに責任者かしら。


「これはこれは奥様。私めは料理長のトマスと申します。このようなむさくるしいところへおいでになるとは」


「お忙しいところお邪魔してごめんなさい。いつも美味しい食事を作ってくださることにお礼を言いたくて」


「とんでもない、お礼を申し上げるのはこちらの方です」


「え?」


「いつもきれいに残さず食べてくださいますし、どれもこれも美味しそうに食べてくださっているのだと聞きました。料理人としてこれほどうれしいことはございません」


「本当に美味しくて食事の時はいつも幸せな気持ちになれます。こちらこそいつも感謝しています」


「もったいないお言葉です。それに、奥様のおかげでご主人様もちゃんと食事をしてくださるようになりました。それがうれしくてうれしくて……」


 料理長もアルフレッド様のお体を心配していたのね。

 このお城に勤める人は皆アルフレッド様をお慕いしている。きっと彼はよきあるじなのだわ。


「いやはや、愛の力は偉大ですなあ」


 そんなことを言われて、思わず頬が熱くなる。

 私とアルフレッド様はそんなのではないのに。とはいえ事情を説明するわけにもいかないから、そのままごまかし笑いをして受け流す。

 ちらりとラナを見ると、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。もう。


「ところで、もうすぐアルフレッド様のお誕生日だと聞きました」


「はい。ご主人様は特別なことはなさらないので、いつもより少し豪華な食事とケーキだけでも作ろうかと思っています」


「まあ、素晴らしいわ。ところで、料理長は野生の鳥獣などを使ったお料理もなさるのかしら」


「もちろんでございます」


「そうなのですね。お誕生日の前日、狩りに行って何か獲物を獲ってこようと思うのですけど、私は料理はあまりできないのです。ご迷惑でなければそれを一緒に料理していただければと思いまして」


「おお、奥様は狩りをされるのですか。この地に相応しい勇敢なお方ですな。もちろん喜んでお手伝いいたしますとも。ご主人様もお喜びになりましょう」


「ありがとうございます」


 シリルに聞いて、近場の狩場を教えてもらおう。

 ちゃんと獲物が獲れるといいのだけれど。どんなお料理になるかしら。料理長が協力してくれるのならきっとどんな獲物でも美味しくなるわね。

 ……アルフレッド様は喜んでくださるかしら。

 なんだか、楽しみになってきたわ。

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