第13話 秘密
アルフレッド様の顔に浮かんでいた驚愕の色が、怒りに塗り替えられる。
怒りで熱くなっているというよりは、ぞっとするほど冷たい表情をしている。
結婚数日の仮初の妻が踏み込みすぎてしまった。
アルフレッド様が私の腕をつかみ、自分の部屋の中に引っ張り込む。そして私の体を扉の横の壁に押し付けた。
「女が怖いだと? 俺を馬鹿にしているのか」
“私”ではなく“俺”と言っているし、いつも冷静な普段のアルフレッド様との違いに戸惑う。
すぐ目の前にいるアルフレッド様との体格差に、急に不安を覚えた。
「馬鹿にしてなどいません」
「ならなんだ。王室と関わりがなく貴族同士のつながりも薄いアストリー家の娘が、まさかこそこそと俺のことを探ろうとしてくるとはな。何が目的だ」
「そういうことではありません」
「ならなんだというんだ」
大きな手が私に向かって伸びてきて、思わず身構えた。
予想に反して、彼の指は私の髪を優しく梳いた。そして首筋をつう、と撫でる。
反射的に体が震えた。
「なんなら今から初夜をやり直してもいいんだぞ。本当に俺が女を怖がるかどうか確かめてみるといい」
そう言いながらも、アルフレッド様のお顔の色が悪い。手も少し震えている。
見つめていると、アルフレッド様が顔をそらした。
「アルフレッド様」
「もういい。すべて君の勘違いだ。部屋に戻れ」
アルフレッド様が体を離し、背中を向ける。
……そうよね。腹の探り合いが多い貴族社会で生きている方が、弱点を知られて平気でいられるはずがない。
安易に口に出すべきじゃなかった。
アルフレッド様は私の処遇に困るはず。さすがに口封じに殺すわけにもいかないだろうし、だからといって秘密を言いふらすかもしれない私を放ってもおけない。
こんなに良くしてもらっているのに、困らせてしまうことになる。
それなら。
「私を利用してください、アルフレッド様」
「何?」
「貴族社会において明確な弱点があるのは喜ばしいことではありません。ましてやアルフレッド様は法律の撤廃の根回しをできるほど影響力のあるお方。だからこそ弱点を知られたくないとお考えなのでしょう」
もしかして、同性愛者という噂もアルフレッド様ご自身が流されたのかしら?
女性に近づかない、女性を避ける理由として周囲を納得させるために。女性が怖いのだと気づかれないために。
「……」
「隠し続けても、何かの拍子に知られてしまうかもしれません。だから、アルフレッド様の女性への苦手意識が少しでも減るよう、一年間私に協力させてください。アルフレッド様が嫌がるようなことは決してしませんから」
「君が治せるとでも?」
「治せると言い切れるものではありません。ですが少しは軽減できるかもしれません。試してみて、アルフレッド様がご不快なようならやめます」
「君を信用しろというのか」
「私に監視をつけて構いません。今はおそらくシリルやラナがその役割を担っているのでしょうが、さらに増やしても結構です」
アルフレッド様の眉がぴくりと動く。図星だったのね。
確信していたわけではなかったけれど、ここまで色々と警戒されている方なら外から来た人間をそう簡単に信用したりはしないと思ったから。
だからといってラナやシリルが私に優しく接してくれていることが演技だなんて思わないけれど。
「離婚後も監視下に入ります。このお城に軟禁するなり、監視付きで山奥に住まわせるなり、アルフレッド様のいいように。殺されるのだけはお許しいただきたいですが」
「俺はそこまで人でなしじゃないと言っているだろう。なぜそこまでしようとするんだ」
「ご恩返しがしたいからです」
「恩返し?」
「食事が美味しいので……」
「君の基準はすべて食べ物なのか」
盛大なため息が聞こえる。食い意地が張っていると思われたわね、きっと。
「……もう少し、話を聞こう。そこのソファにかけてくれ」
アルフレッド様が少しだけ心を開いてくれたような気がして、うれしくなる。
ソファに腰掛けると、アルフレッド様も向かいに座った。
「アルフレッド様が警戒されるのも当然だと思います。契約結婚のために数日前に嫁いできたばかりの私を信用しろというのも無理な話です。だから、少しでも信用していただけるよう、私も自分の秘密をお話ししようと思います」
「秘密?」
「はい、そう大した秘密ではありませんが。私は“祝福の目”を持っています」
「祝福の……目?」
「母からの遺伝なのですが、他人に話さないほうがいいと言われていました。父も知りません」
「どういうものなんだ?」
「そこまで特別な能力ということでもないですが。とても夜目がきく、動体視力がいい、あとは人間を含めた生物の動きを少しだけ先読みできるといった能力です」
「それは……! その能力は魔眼じゃないか」
「魔眼?」
「代々の辺境伯が持っていた能力だ。だが祖父とその兄弟に遺伝せず、そこで途切れてしまっていた。知る限りでは他家に嫁いだグランヴィル家の女性の中で魔眼を持った人はいなかったはずだが、別のルーツなのか、もしくは隔世遺伝か何かでそちらに継がれたのか」
「ということは、私にも遠くグランヴィル家の血が流れているかもしれないということですね。不思議なご縁です」
「そうだな……たしかに不思議な縁だ。魔眼はグランヴィル家においても秘匿していたというほどではないが公にはしていなかった能力だ。諜報や暗殺にも役立つ能力だし、そうでなくても武門の家なら欲しがるだろう」
「はい。おかしなことに利用されることがないよう、母も私に秘密にしろと。こう言ってはなんですが母は父を信用していなかったので、父にも言っていません」
「……それを俺に話してくれたというわけか。俺の信用を得るために」
「はい」
「君が思っていた以上に、君の秘密はグランヴィル家にとって大きな意味を持つ」
「そうですね。私もグランヴィル家につながる話だとは思っていませんでした。ですが秘密を話したことは後悔していません」
「そこしてまで俺に協力したいと? その理由が食事が美味しいからというのはどうにも不思議で仕方がないがな」
「そう言われましても、食事は何より大事です。食べなければ生きていけませんし、美味しいものは人を幸せにします。それに食事だけでなくここにいる方々はアルフレッド様を含め皆とても良くしてくれます。一年間何の恩も返せず人のお世話になりながら過ごすよりは、少しでもアルフレッド様のお役に立ちたいのです」
「……」
アルフレッド様が腕を組んでしばらく考え込む。
「……それなら、もう一つ正直に話してくれ。そうしたら君を信用しよう」
「なんでしょうか」
「君は虐待されていたのか?」
「……」
気づかれないと思うほうがおかしいわよね。
私の見た目、少なすぎる荷物、生地の良くないウェディングドレス。
お父様はどうせ大事にされない一年限定の妻だからと取り繕うことすらしなかった。
伯爵家の恥となるのであえて言わないでおこうと思っていたけれど、信用を得るためなら。
「虐待、といえるほどではないのかもしれませんが」
私は自分の過去について話し始めた。
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