第5話 初対面


 屋敷というよりは、堅固な城と表現したほうが正しいわね。

 分厚く高い城門に囲まれた敷地はとんでもなく広く、城は優美さはあまりなく頑丈そうという印象。

 それでも前庭はきれいに整えられ、美しい花々が咲いている。

 そこを馬車でゆっくりと進む。いよいよ辺境伯にお会いするのだと思うと、緊張してきたわ。


 シリルに応接間に案内されて、そこでアルフレッド・グランヴィル様を待つ。

 緊張がどんどん高まっていく。

 一体どんなお方かしら。私は社交界にも一切顔を出していないから、アルフレッド様のことはまったくわからない。

 ライラが言うには、アルフレッド様はもうすぐ二十四歳。美形で顔に大きな傷があって、あとは男性がお好きで女性がお嫌いなのだとか。

 でもそれはただの噂かもしれないし、お会いしてから自分で判断しないと。


 ノックの音が響いて、体がびくりと震える。

 「失礼する」という声とともに入ってきたのは、長身の男性だった。

 ゆるく後ろに流した黒髪に深い緑色の瞳。精悍で男性らしく整ったお顔立ちで、たしかに額から眉間にかけて比較的大きな斜めに走った傷がある。よく見ると、頬にもうっすらと傷が。

 体躯も堂々としていらして、歴戦の騎士のようだわ。もうすぐ二十四歳という年齢よりは少し上に見える。

 そういえば、シリルが馬車で話してくれた。辺境伯は代々、先頭に立って魔獣退治を行う騎士でもあるのだと。

 私がソファから立ち上がろうとすると、「そのままで」と止められた。

 アルフレッド様が向かいに座る。


「アルフレッド・グランヴィルだ。君は、フローラだな」


 少しぶっきらぼうな話し方。

 お顔もにこやかとは言い難い。少し怖そうな方だな、と思った。


「はい、アルフレッド様。お初にお目にかかります、フローラと申します」


「早速だが、君は私の出した条件を承知の上でここへ来たと思っていいだろうか」


「はい。仰る通り、すべて承知の上で参りました」


「私の噂についても?」


「……詳しくは存じません」


「知ってはいるということだな。それなら話は早い。初夜を含め、私が君と夜を共に過ごすことはない。寝室は一応私の部屋と続き部屋になっているが、私は執務室の奥の部屋で寝ることもあるし、いずれにしろ君の寝室を訪れることはない」


「承知いたしました」


 噂も否定なさらないし、やはり女性がお好きではないのかしら。


「結婚式については君の父上の要望どおり我々と牧師だけで敷地内の礼拝堂で行う。一年で離縁される可能性が高い娘が人前に花嫁姿をさらすのは忍びないということだからな。私にも両親がいないしちょうどいい。着いてすぐですまないが、明日執り行う」


 なるほど、お父様はそんなふうに伝えていらしたのね。

 でも私もそれで構わないわ。花嫁姿を見てほしい人はもうマリアンくらいなものだし。


「では明日からよろしくお願いいたします。ところで、質問してもよろしいでしょうか」


「ああ」


「アルフレッド様が結婚を心からお望みでないのは承知の上ですが、なぜ一年なのでしょうか?」


「貴族院に色々根回しをして、結婚を強制する馬鹿げた法律をようやく一年後に廃止できそうだからだ。爵位を持つ者または継ぐ者が二十五歳を過ぎていて未婚だった場合、もしくは跡継ぎがいない状態で妻と離縁や死別した場合、すぐに妻を迎えるか傍系から養子をとらなければならない決まりなのは知っているだろうか」


「はい」


 お母様が生きている頃に、ある程度法律のことは勉強してある。詳しくはないけれど。


「私はもともと誰かと家庭を持つつもりはなかったから傍系の家から養子をとって後継ぎとするつもりだったが、その候補者数人はいずれも幼い。まだ親元から引き離すには忍びないし、養子となる子には判断できる年齢になってから自分の意思でこの家を継いでもらいたいと思っている」


 それを聞いて、ふわっと心が温かくなった。

 アルフレッド様は一見怖そうなお方だけど、きっと優しい方なのだわ。

 養子となる子のこともちゃんと考えていらっしゃるのだから。

 あれ? でも。


「あと一年で法律を廃止できそうということでしたら、アルフレッド様の年齢的に結婚なさらなくてもなんとか間に合うかと思うのですが」


「万が一ということがある。一年で法律を廃止できなかった場合に備えて今のうちに嫁いできてくれる女性を探していた。だから法律が廃止できなかった場合はもう一年ほどここにいてもらうと思っておいてほしい。もちろん結婚期間がのびた分の補償はする」


「承知しました。もう一つだけ質問させてください。一年で離縁するということを知っているのは、ほかにどなたになりますか?」


「腰を痛めて療養中の家令の老人と、その孫である執事のシリル、あとは君につける侍女だけだ」


「承知いたしました。ではそれ以外の人と接するときは気を付けますね」


「そうしてもらえると助かる。質問はもういいだろうか」


「はい。ありがとうございました」


「あらかじめ言っておく。私が君を愛することはない。君と接する機会もあまり多くはならないと思う」


 あらためてそう言われると、少し寂しさを感じてしまう。

 でも仕方がないわね。もともと一年で終わる関係なのだし、それを承知でここに来たのだから。


「だが、こんな条件を飲んでここに来てくれたことには感謝しているし、せめてここでの生活もその後のことも困らないようにする。君の行動を制限するつもりもないし、君を粗末に扱うつもりもない」


 愛のない関係だとしても、こう言ってくださるのだから、やっぱりアルフレッド様は悪い方ではないわ。

 あまり深く考えず、一年という時を楽しく過ごそう。


「お気遣いありがとうございます。ふつつか者ですが、一年間よろしくお願いいたします、アルフレッド様」


 笑顔を向けると、アルフレッド様は複雑な表情で目をそらした。


「……では失礼する。馬車での旅は疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」


「はい、ありがとうございます」


 どこか困ったようなばつが悪いような顔をしながら、アルフレッド様は出て行った。

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