信長の１００１回目の天下取り

第54話 魔王VS戦乙女

「！？」

　戦いのさなか、信長は本能的にその接近に気づいた。魔眼を発動させると、敵陣の奥から、天へ昇るような後光が駆けてくるのが見える。

　――ああ、ついに来やがったな。謙信！

「信長ぁあああああああ！」

　感情を剝き出しにして、憎き魔王を見つけた軍神は、愛馬から一息に飛び出すと、空中から信長に刀を叩きつけてきた。

　謙信の愛刀、三日月兼光と、信長の愛刀、長谷部国重が激突。火花を散らしてから、ふたりは離れて、間髪を入れず距離を詰め打ち合った。

「ノブ！」

「魔王様！」

「こいつは任せろ！　お前は周りの連中を頼む！」

「「ッ！　はい！」」

　信長の戦いを守るように、利家と慶次は周囲の敵兵たちを薙ぎ払い、貫き続ける。

　だが、屈強な上杉兵を前に、利家と慶次は徐々に押されはじめる。

　――流石は戦国最強と名高い越後兵。雑兵ひとりひとりの水準が違うな。

　越後は豪雪地帯で、そのうえ田んぼが深いため、そこで育った農民は足腰が鍛えられる。その農民から徴兵した越後兵は、戦国時代において最強の一角として数えられていた。

　逆に、温暖な気候でのんびりとした国民性の尾張兵は、比較的弱かったと言われる。

　――このままじゃふたりが持たない。くそっ、火薬兵器でもっと雑兵を減らせたら！

「どこを見ている。信長ぁ！」

　謙信の白刃が、信長の首を捕える。その刹那の閃きを、信長はすんでのところでかわし、謙信の連撃をさばいていった。

　謙信は、信長と完全に互角だった。

　四万年分の戦闘経験値を持つ信長と互角の戦闘力。それだけでも、彼女もまた、記憶を継承していると証拠と言えた。

「くっ」

　謙信は、憎しみをこめて、親の仇と相対するようにして、刀を振るってくる。その姿と、前世、涙ながらに自分を貫いてきた謙信の姿が重なる。

　――なんでだ、謙信。どうして、どうしてお前は……。

　謙信から真意を聞きだしたいが、それどころではない。

　当初の予定では、信長たち謙信軍の前衛を完全に崩し、そこへ信長軍が流れ込む予定だった。だがその作戦は完全に狂ってしまった。

　現状は、信長軍の劣勢。この戦況をひっくり返すべく、何か謙信軍を乱す一撃が必要だ。

　謙信軍は騎馬が少ないので、槍ぶすまは使えない。

　銃は、いかに防弾装備でも、顔や首に当たって死んだ敵がいるものの、弾幕を突破する兵士も多い。棒火矢は、もう残りが少ない。

　――くそっ。見通しが甘かったか。

　だが仕方がない。本来は、もっと準備期間が必要だった。本当は、大筒など、さらなる強大な兵器を作ってから謙信と戦いたかった。

　兵の数も練度も、当初の予定よりずっと少ないのだ。これ以上、どうしろと言うのか。

　だが、泣き言を言ってもはじまらない。

　戦場では、持てる手札だけでなんとかしなくてはいけないのだ。

　――ッッ、ここまでになんてさせねぇ！　一〇〇一度目なんだぞ！　一〇〇〇度も失敗して、これ以上天下泰平を失敗するわけにはいかないんだ！　でも、どうすれば！

　募る焦燥が胸を焼き焦がしたとき、それは起こった。

　謙信軍の左翼から、悲鳴とどよめきが上がる。すると、

「謙信様！　東より徳川の援軍三千が接近中とのこと、兵が混乱しております！」

「くっ、やむをえまい。中央の兵を二個中隊向かわせろ！」

　謙信の指示で、周囲の兵の半数が、東へと流れていく。

　結果、利家と慶次だけで十分対応できる程度まで敵兵は減り、兵士の密度が薄くなったことで、中央は信長軍が優勢になる。

　自軍のほうから、味方が近づいてきている声が聞こえる。

　ただ、数が減ったと言っても、利家と慶次のふたりに対して、まだ数百人の敵がいた。それでも、

「よし、この程度の数なら！　はっぁあああ！」

　密集地帯では使いにくかった槍を縦横無尽に暴れさせ、利家は謙信の近衛兵たちを文字通り、蹴散らしていく。

　その奮戦ぶりは、尋常ではなかった。

　その槍撃は雷電のように閃き、巌のように重く、何よりも苛烈だった。

　槍の穂先に当たらずとも、利家の槍の柄に当たっただけでも、敵兵は金属装甲の上から、衝撃だけで内臓を破裂させ、悶絶に至らしめていた。

　彼女の穂先は正確に鎧の隙間を突き、柄は打撃力で敵を撲殺する。

　全身に斬撃と打撃の二重攻撃をまといながら暴れる利家に、玉砕覚悟でひとりの兵がつかみかかり、柄にしがみつくも。

「どぅおおおおおおおおおおりゃあああああああああ！」

　利家は、近衛兵ごと槍をぶん回し、近衛兵を敵にぶつけた。激突の衝撃に耐えられず、近衛兵は頭蓋骨を砕いて死亡。利家の槍の柄につかまるということは、それすなわち、モーニングスターの鉄球になるということに等しい。

　信長の戦闘力は異常だが、利家もまた、十分に人間をやめていた。

　その人間離れした、化け物のような戦いぶりには、姪で妹分の慶次ですら腰が引けた。

「お姉ちゃん、もう女子力っていうか人間力すら失ってない？」

「口動かしていないであんたも戦いなさい！」

「戦っているっての！　ほら！」

　慶次の一振りで、四人の上杉兵の首が宙を飛んだ。最悪の棚上げ主義だ。慶次もまた、利家と遜色のない暴虐ぶりを、だが顔色ひとつ変えずに振りまいている。

　利家と慶次のふたりが地獄を作り上げ、謙信の軍勢は明らかに勢いを失いはじめていた。

　――よしっ、これで。

「謙信との戦いに集中できるぜ！」