第53話 リーサル・ウエポン

「御意!」


 言って、一益が後衛の特殊部隊へと走る。そのあいだ、信長は自ら前線へ出て、総大将信長はここだとアピール。敵を戦場の中央へと引き付けておいた。


 しばらくすると、数人の部下とともにアレを運んでくる。


 小さめの荷車の上に、黒くて巨大な鉄砲が搭載されている。否、鉄砲というにはあまりに大き過ぎる。太すぎる。長すぎる。


 確かに、信長は前世の知識があり、戦国後期に登場した兵器の知識がある。それでも、コレはやりすぎだろう。何せコレは、戦国末期にあってもインチキ過ぎるチート兵器だったのだから。


 一益は銃口にザラザラと大量の黒色火薬を流し込み、重さ一貫(三・七五キログラム)の砲弾を入れた。すると、信長は敵兵たちから逃げるように全力で戻ってくる。


「行けぇ一益!」


 一益が導火線に火をつけると。


「発射! でござる!」


 鉄砲一千丁を束ねたような轟音が、世界を震わせた。


 鋼の巨獣が咆哮をあげれば、その延長上にいた謙信の兵が、十人以上まとめて四散。


 内臓と四肢をちぎり飛ばしながら宙を舞った。


 信長が持ち出したアレの正体は大筒、早い話が『大砲』だ。


 この時代の火縄銃が、せいぜい二〇グラム程度の弾を撃ちだす程度だったことを考えれば、その威力は反則と言えるだろう。流石の謙信軍にも動揺が走り、敵は浮足立った。


「よし! 一益、大筒はあと十五発まで撃て。俺は中央を突破して一気に敵本陣を目指す。大筒を撃ち終わったら歩兵は全軍突撃。手間取ったら焙烙玉部隊を投入しろ。ついてこいワンコ! 慶次!」


「わかったわノブ!」

「はい、魔王様!」


 信長が自軍から飛び出すと、その背後から槍を担いだ利家と慶次が付き従う。


 謙信の兵は重装鎧で防御力はあるが、やや動きが鈍くなるのはいなめない。軽装鎧の信長たち三人は、精密な俊撃を以って、敵兵の首を刈り取っていく。


 まっとうな剣術槍術など使わず、重装歩兵の弱点である足を引っかけ蹴り転ばせ、柔道の原型である柔術を織り交ぜながら効率的に敵軍を崩していく。


 信長たち三人だけで、本当に謙信軍の前衛が崩壊していった。


 なかでも、信長の活躍は特に目覚ましい。


 千度の人生、四万年分の先頭経験値を持つ今世の信長には、周辺の人間の動きと数秒先の未来が見えていた。


 剣林矢雨を眉ひとつ動かさず、脊髄反射で避け、避けながら愛刀長谷部国重で死神のように命を刈り取っていく。


 愛刀長谷部国重。無礼を働いた茶坊主がタンスの裏に逃げ込んだ際、ただ刃を押し当てるだけでタンスごと茶坊主を切り殺せたほど切味が鋭く、かつ強靭な刀で、平成では国宝に指定されている。


 無論、今世の信長の剣の腕が剣聖クラスなのは言うまでもない、得物が良ければ、それだけ戦いにおける選択の幅が広がる。


 信長は上杉兵の槍や刀ごと断ち割り、鋭く首を刎ねていく。


 全身に必殺の斬撃をまといながら、人型に圧縮された嵐のように、信長は戦場を突っ切る。その威容に、敵の誰もが魔王という名の意味を知った。


 謙信と相対した敵兵が軍神の影を見るように、信長に対して、魔王の影を見て思うのだ。人間と戦っている気がしない、と。


 あまりに理不尽な強さに、敵兵はおろか、利家と慶次でさえ軽い恐怖を覚えた。


 敵兵は殺されると恐怖して、謙信への信仰心を以てしても刃が鈍った。


 そして利家と慶次は、信長に置いて行かれる予感に恐怖した。


 利家と慶次は、自分こそが信長家臣団最強戦力だと自負している腕自慢だ。けれど、どんなに修行したとしても、信長に追いつけるイメージが、まったく湧かないのだ。


 だがふたりの少女はすぐにらしくないと自らを叱咤して、いつも通り、女子力の欠片もない鬼神乱神の如き力で敵兵を駆逐していった。


   ◆


 信長が執り行う、人ならざる魔王の進撃ぶりに、謙信は本陣の外から注視し、堅い握り拳を作っていた。


 ――ああ。そうだ。それがお前なのだ。信長。


 総大将だからと安全な本陣に引きこもらず、最前線で戦い、敵兵を屠り、家臣に総大将たる者の背中を見せる。


 獅子奮迅の活躍を見せる信長の姿に、謙信の心臓は熱くトキメいた。


「驚きましたね。まさか、謙信様以外に自ら戦う総大将がいるとは……」


 重臣、直江兼続が固唾を飲み込む。


 それには返答せず、謙信は信長に見入る。


 敢然と刀を振るい、豪胆に突進し、障害に立ち向かう勇者然とした姿に、謙信は惹かれていた。


 けれど、その熱い想いは熱量をそのままに、ベクトルを一八〇度変換する。


 ――なのに何故だ。何故お前は……私から!


 マグマのような感情が表情に出そうになって踏みとどまり、謙信は愛馬を呼んだ。


「放生月毛! 私も出るぞ!」


 謙信の呼びかけに応じて、月色の軍馬が本陣の幕をくぐり現れた。


「お待ちください謙信様。まさか自ら!?」


 兼続の静止も聞かず、謙信は月毛にまたがると、手綱を鳴らす。


「奴は、私自ら討ち取る!」


 抑えられない感情を吐き出して、謙信は愛馬と共に出陣した。

  

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