第52話 防弾アーマー


 他の連中も、似たようなことを言ったり考えている。なので信長も、それに乗っかることにした。


 信長は本陣を出て、前線で戦の準備をしている雑兵たちの前に姿を現す。そして、


「おいお前ら! 何びびってんだよ!」


 信長の呼びかけに、皆は振り返り、緊張した面持ちで注目する。


「今日の相手は神の兵団とか大層な名前で呼ばれている上杉軍だ。でもな、俺がどこの誰だか忘れたか? あっちが神の兵団なら、こっちは第六天魔王織田信長様の大魔王軍だ! 神の兵団なんざ蹴散らしてやるよ! テメェらは坊主じゃねぇ! 神主でもねぇ! 世俗に生きている人間様だ! なら俺がテメェらの欲を叶えてやるよ! この戦に勝ったら恩賞をたんまりやるよ! その金で酒でもご馳走でも着物でも好きに買え!」


 物欲を刺激されて、雑兵たちの表情が、わずかに緩んだ。信長は、それを見逃さない。


「逆に死んだら何もできねぇぞ! 酒も呑めない馳走も食えない死に装束姿で冥府を彷徨うのみだ! どうだお前ら! そんな暮らしがしたいか!?」


 雑兵たちの顔に、わずかな闘志が宿り、信長は、丹田の底から叫ぶ。


「だったら俺らがやることはただひとつだ! 安心しろ! 俺が! 他の誰でもないこの俺様が! お前らを勝たせてやる! 俺は欲望を司る邪悪神! 第六天魔王信長だ‼」


『おぉおおおおおおおおおおおおおおお‼‼』


 沸き上がる雑兵たちに、信長は満足げに口角をあげた。


 ――いい感じに温まってきたな。さて、謙信はそろそろのはずだな。


 信長の思った通り、どこからともなく一益が現れた。


「殿! 上杉軍が動いたでござる!」

「よっしゃ! お前ら配置につけ!」


 雑兵たちは勇ましく返事をすると、急いで所定の位置についた。


 こうして、信長と謙信、魔王と軍神の戦いは幕を開けた。


   ◆


 所定の位置につき、攻撃の陣形を整えた信長軍。対する謙信軍は、楔形陣形を作り、真っすぐこちらへ進軍を続けていた。


 当時の戦は、まず両軍が距離を詰めていき、弓の舎弟まで近づくと、互いに弓兵部隊で矢を射続けながら近づき、近距離になると長槍同士で突き合う。それが一般的な戦の在り方だ。


 戦国時代の弓矢の有効射程は、鎧武者が相手でおよそ五〇メートル。顔など当たり所がよければ、一〇〇メートルでも殺せるので、おそらくはそれぐらいで矢を撃ち合っただろう。だが、信長軍は、謙信軍が一〇〇メートルの距離に近づく前に、前衛の射撃部隊に攻撃命令を出した。


「放てぇええええええ!」


 一千丁の鉄砲が、一斉に火を噴いた。続けて、銃兵部隊の背後から、棒火矢一式と二式を何十発も打ち上げる。棒火矢は数が少ないが、今川軍と違い、謙信軍の数は信長軍と同じ八千人。ある程度の効果はあるはずだと、信長は自分に言い聞かせた。


 期待通り、謙信軍の前衛は総崩れだった。銃弾に撃たれた兵は倒れ、棒火矢の炎と鉄粒が謙信の兵を殺傷していく。


「よし、これでなんとか、ッ!?」


 そこで信長は気づく。倒れた敵兵が、次々と起き上がることに。

 その光景が味方に動揺を走らせ、信長は声を張り上げる。


「構わず撃ち続けろ!」


 ――まさか、防弾性の重装甲鎧か!? この時代にそんなもんねぇぞ!


 戦国時代初期、甲冑の素材は木と革が多く、金属で覆われた部分が少なく薄かった。だが、火縄銃の普及とともに、弾丸を防げるようにと、全身を厚い金属装甲で覆う甲冑が開発された。


 信長の焦燥感が熱量を増しながら、ジリジリと肝を焦がしていく。


 ――やっぱり謙信には前世の記憶が。それにしても、高級な金属鎧を雑兵にまで行きわたらせるとか、流石に上杉家は金持ちだな。


 謙信の支配国、越後には金山があり、当時は高級品である塩の産地であり、同時に豊かな港からの潤沢な関税収入もあった。この港からの関税収入だけで、小国の年間収入並の税収を上げていたというから驚きだ。


「信長様、棒火矢一千本のうち、七割を撃ち尽くしました!」

「こうなったら白兵戦に持ち込むぞ! 棒火矢を止めろ! 長槍隊! 前へ!」


 信長の指示で、陣形が変わる。

 打ち上がる棒火矢は止まり、鉄砲隊は下がり、代わりに長槍隊が最前線へと出る。


「敵の装甲は厚い! 払わず叩き伏せろ!」


 信長の命に従い、長槍隊は槍を高く振り上げると、指揮官の指示で一斉に振り下ろした。


 槍は迫る敵の頭に命中。兜を割ることは敵わない。それでも、衝撃で首の骨が折れ、敵兵は絶命に至った。しかし、


「信長様! 右翼に敵出現! 兵が混乱しております!」

「五番隊が突破されました! 左翼にて乱戦が起きています!」


 流石は謙信。戦上手であり、兵のひとりひとりが強い。信長は冷静に対処する。


「右翼には経験豊富な可成の隊を向かわせろ。五番隊の補佐は恒興を向かわせろ」


 ――謙信の歩兵の強さと白兵戦の上手さは戦国随一だ。このままじゃあ勝てても、甚大な被害が出る。仕方ない、こうなったらアレを試すか。


「一益! アレを使うぞ!」

「アレでござるか? ですが殿、アレは試射も済んでいないでござるよ?」

「じゃあいま試射しろ! 謙信の軍勢に向けて試射だ!」

「御意!」

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