第50話 天下の大泥棒!石川五右衛門!
信長の執拗な爆撃作戦はいつまでも続いた。
棒火矢一式は、火薬と鉄粒を混ぜたグレネード弾で、二式は爆炎と燃焼効果を高めた焼夷弾だ。
今川本陣の幕や物資から火の手が上がり、本陣周辺の今川兵も恐慌状態に陥った。
地雷による先制攻撃とフリントロックガナーによる先方隊の壊滅と混乱。グレネード弾と焼夷弾による爆撃で、敵本陣の壊滅と、全部隊の誘導撤退。
そして、そこへ信長近衛隊による追撃だ。
信長は、槍を手にかつての舎弟たち一千人と共に馬で戦場を疾走。逃亡する今川軍を片っ端から突き殺していく。当然、農民から徴兵したであろう粗末な格好の雑兵は無視して、鎧甲冑を身に着けた武将狙いだ。
――農民兵は、戦が終われば畑を耕し国を豊かにする、未来の俺の領民だ。それよりも、いまここで殺した今川家臣の数で、家康が駿河遠江を攻略できるかが決まる。
今川家の軍隊を支える人材をひとりでも多く減らすべく、信長たちは奮戦。
徴兵された農民兵と違い、今川家に仕える武家の家臣、特に身分の高いものほど、敵前逃亡は恥だと思っているし、撤退命令が出るまでは逃げられないという心理的ブレーキがかかる。必然的に、正当な武将ほど逃げ遅れ、しかも混乱状態でまともな戦闘などできず、信長たちの手にかかっていった。もはや、それは一方的な蹂躙だった。
こうして、信長ⅤS今川の戦いは、歴史的な幕引きとなった。
◆
今川軍を撃退した信長軍は、戦後処理と今川軍が置いて行った物資や、死体の確認作業に追われていた。
信長は愛馬連銭葦毛を走らせ、義元の死体を探す。
――いた。
着物と鎧は焼け焦げ、顔は鉄粒に裂かれているが、その死体は、千度の人生で目に焼き付けてきた名将、今川義元の面影を残している。
駿遠三の三国を有する東海一の弓取りが、誰に討ち取られるわけでもなく、その他大勢の兵が放った爆撃の流れ弾で死ぬ。
今世の人々は、きっと義元を歴史の脇役、名家の威光に胡坐をかいた愚将として認識するだろう。そんな義元に同情しながら、信長は連銭葦毛から降り、義元を見下ろす。
――義元。お前は知らないかもしれないけどさ、千度の人生で、一番俺を追い詰めたのはお前なんだぞ。でも悪いな、今世だけは、この一〇〇一回目の天下取りだけは、失敗するわけにはいかないんだ……。
信長は一度手を合わせ、黙祷を捧げてから、義元の腰から、一本の刀を抜いた。
宗三左文字。平成の世では国の重要文化財に指定される名刀であり、国宝に指定されている長谷部国重と同じく、信長の愛刀として知られる逸品だ。
だが、信長が生涯肌身離さず腰に挿し、頼りとした愛刀が、今川義元からの戦利品であることは、あまり知られていない。
織田信長にとって、義元は、それほどの男だったのだろう。
「じゃあ、義元の首をもらうか」
そのとき、信長はとある気配に気づく。もう利家や秀吉たちが来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。燃え残った物資の山、火に強い桐箱を、誰かが漁っている。
積まれた桐箱の山。その裏に回ってみると……色っぽいお尻が揺れていた。厳密には、誰かが大きなつづらに頭を突っ込み、お尻を突き上げる格好になっている。
――なにがどうしてこうなった!? いや、あの尻は確か、石川五右衛門とか言ったな。
信長は足音を殺して歩み寄ると、五右衛門の大きなお尻をわしづかむ。
「えい」
「ひゃんっ!」
想像以上に可愛い声をあげながら、五右衛門はお尻を押さえて飛び上がった。
「あ、あんた、信長じゃん! 何急に人のお尻触ってるのよ! お、男に慣れているあたしだからよかったようなものを、ウブな子ならいまので男性恐怖症になるところよ!」
――ふーん、お前処女なんだ。
顔を真っ赤にして睨んでくる五右衛門のおバカぶりにリラックスしつつ、信長は言う。
「それより火事場泥棒はやめてくれないか? 一応、ここの物資は俺らの戦利品なんでね」
「何よケチねぇ。そんなこと言うならとっておきの情報教えてあげないわよ」
語気を強める五右衛門に、信長は腕を組んで唇をすぼめた。
「ふーん、じゃあその情報次第で褒美をやるよ。俺の金払いの良さは知っているだろ?」
信長が腰に手を当てて仁王立ちになると、五右衛門は両手を合わせて舌を出した。
「えへへぇ、そうこなくっちゃね。ほら、上杉が信濃国を平定したじゃない? あのあと、信濃と三河の国境付近の砦に少しずつ兵を集めているみたいなんだけど、つい先日、そこに上杉謙信本人が入ったらしいのよ。明日、八千人の軍勢でこの三河を攻めるみたい」
「謙信が……?」
絶望感を含んだ声を、信長は今世ではじめて吐いた。
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