第48話 同盟締結!
「えーっと、じゃあその条件で、いいんだね十兵衛、半蔵」
ふたりが頷くと、家康は安堵の息をついた。
「ところでポン太、その半蔵って凄いな」
「うん、半蔵はすっごく頼りになるんだよ」
家康が笑顔になると、信長も笑顔で、
「おう、何せ、この話し合いのあいだに五回も俺を殺そうとしたからな」
家康の表情が、ピシリと凍り付いた。勝家たちの顔にも、明らかな緊張が走る。
「あはは♪ やっぱバレてたー? ここで総大将信長を討ち取れば、恩賞として家康様が三河に帰れるかなーっておもってね♪ でも凄いよねー、あたしが殺そうとするたびに視線で牽制したり、重心を変えて迎撃態勢に入るんだもん♪」
「は、はんぞう……ごめんねにぃにぃ……」
家康が頭を下げると、信長は楽しそうに笑いながら頭をなでてやる。
「気にすんなよポン太。この程度で殺されるなら、俺もその程度ってことだ。じゃ、俺は陣を整えてくるから」
言って、信長が踵を返そうとすると、十兵衛が引き留めてくる。
「待て信長……貴様の、目的はなんだ?」
「どうしたんだよ急に? お前変だぞ?」
「いいから答えろ。敵は三万の大軍勢。絶体絶命のこの状況にあっても、貴様はまるで、ここが通過点のようだ。貴様は、一体に何を目指している……」
握り拳を固めながら、十兵衛は鬼気迫る真剣な眼差しで問い質してくる。対する信長は、頬をかいてから、ニヤリと笑う。
「天下。この列島に連なる六十六カ国のすべてを統一して乱世を終わらせる。四〇〇年前の源平合戦で源氏が勝利したように、俺は日本史上ふたり目の源氏となり、この世界の統一王になる」
十兵衛の瞳が凍り付き、堅く握った拳を弛緩させた。
「馬鹿な……狂っている……源氏とて、日本列島全土を治めたわけではない。政権交代をしただけなのだぞ? それを、貴様は世界征服をしようと言うのか?」
「狂ってなんかいないさ。なぁ十兵衛、お前さ、暴君や暗君の失策を聞くたびに、イラっとしたことはないか? それで、もしも自分が偉かったらこうするのにとか、もっといい国にするのにとか思ったことはないか?」
「それは……」
ないとは言い切れない。それは、人なら誰しも一度は考えることだ。
「それが覇道だ。覇道は、誰の心のなかにでもある。でも、ほとんどの奴は覇道が自分の器に収まりきらなくて実行しようとしない。でも俺は違う。俺は誰よりも馬鹿な大人共の失策に憤慨して、誰よりもでかい器を持っている。俺が偉かったら国をこうするのに、を偉くなる。そういう世界にすると決めたんだ。それが、ポン太との約束だ」
十兵衛の視線が、ハッと家康へ移る。
「うん♪ ボクもにぃにぃと一緒に、天下を治められるよう頑張るよ♪」
「家康様! それは、正気ですか!? 今川から三河を取り返し、この三河の領民を守るのが家康様の夢ではないのですか!?」
余裕を失い、感情のままに叫ぶ十兵衛に、家康は大きく頷いた。
「うん、違うよ。だって三河を奪い返しても、また今川は侵攻してくるでしょ? だから、日本中の国をぜぇーんぶ平らげて、乱世そのものを終わらせないと三河は平和にならないし、国を守るっていうのは、そういうことだと思うよ? 十兵衛の案じゃ、ただの時間稼ぎだもん。にぃにぃ、一緒に天下を取ろうね♪」
「あぁ、当たり前だろ」
絶句する十兵衛をあえて無視して、信長は家康の頭をなでると、クールにその場を去った。勝家と秀吉もそれに続いた。
◆
「なんだ……これは……」
それから三日後。家康、十兵衛、半蔵、そしてすべての三河武士は唖然としていた。
彼女たちの視界を覆いつくすのは、地平線の彼方まで続く血の海と死体の山だった。
世界が燃え、大地がめくれ、草木や土の区別なく血肉に染まり、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
この惨状を絵や文字として後世に残すことは、たとえ世界中の芸術家を集めたとしても叶わないだろう。
血の気を失い、ただただ愕然と立ち尽くすことしかできない三河人たちは、ひとりの例外もなく同じことを思っていた。
――これが……これが、第六天魔王、織田信長……。
遠く視線の先、地獄の中心に佇む魔王が、一本の槍を挙げる。その穂先に掲げられているのは、三国の統一王、今川義元の首だった。その象徴的な光景が雄弁に物語る。
戦国乱世が、新たな時代に突入したことを。
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