第46話 信長VS柳生十兵衛

 信長、勝家、秀吉、そして家康、半蔵、十兵衛の六人が席につき、机を挟んで相対する。


 そこで最初に口を開いたのは、柳生十兵衛だった。


「まず最初に断っておこう。私はこの同盟には反対だ」

「そんなこと言わないでよ十兵衛ぇ」


 家康に着物の袖を引かれるが、十兵衛は険しい表情を崩さない。


「家康様の気持ちは知っている。だがそちらも知っているだろう。今川の命令でとはいえ、尾張と我ら三河武士は長年にわたり戦を続けてきた。その確執を捨て同盟を結べと言われて割り切れる程、人は賢くない。こちらには、尾張との戦で友や家族を失っている者もいるのだ。そもそも、我が国の城や領土を奪っておきながら同盟とは虫が良い」


 十兵衛の言う通り、尾張と三河は幾度も戦をしているが、信長の父信秀は戦上手で、幾度も勝利し、逆に三河の城や領土を手にするまでになっていた。


「おう、だからまずは誠意として、織田家の所有する三河領と城を全部返すよ」

「我ら家臣団からすれば貴様は侵略国の……何?」


 十兵衛の冷徹な表情が、一瞬崩れる。家康もぽかんとして、半蔵は口を丸くして感心している。


「そっちの言い分はわかるよ。だから同盟の証として、奪った領土は返す。それから、三河が今川から独立するための資金として、一千貫文(二〇億円)と米五万石(五万人を一年養える米)を援助しよう」

「わーい、にぃにぃありがとう♪」

「ノブさん太っ腹ぁ♪」


 家康と半蔵は子供っぽく万歳をするが、十兵衛は警戒心を緩めるどころか強める一方だ。


「それから、俺が三河に害をなす意思がないことを証明させてもらおう」

「そのようなこと、どうやって証明する。不可侵条約でも結ぼうというのか?」

「いいや十兵衛。実は証明は終わっている。あとは、俺のしてきたことを説明するだけだ」

「説明? 戯言で我らを惑わそうと言うのなら、この場で斬って捨てるぞ?」


 十兵衛が目を細めると、勝家も身構え、自身の腰に挿した刀を意識する。けれど、半蔵が先に十兵衛をなだめる。


「いいじゃない十兵衛♪ 聞くだけ聞いてみようよ。もしノブさんが無実なら、あたしらは不要に家康様の意思を無視したことになっちゃうんだしさ」


 半蔵の仲裁に、十兵衛は息をついて腕を組んだ。

 信長は半蔵に礼を言ってから、余裕を含んだ声で説明をはじめた。


「まず第一に、三河と戦をしていたのは俺じゃなくて、今年の三月に死んだ俺の父親、織田信秀だ。俺も俺の家臣も、三河へ侵攻したことは一度もない。当主が俺に代わってからの五か月間、逆にそっちが今川の命令でうちに侵攻してきたけど、いずれも防衛戦を展開して、そちらの被害は最小限のはずだ」

「そうなの?」


 いまのいままで今川家の人質で、二、三日前に三河へ戻ってきたばかりの家康は、左隣に座る半蔵を見上げる。


「うん、そうだね♪ あたしと十兵衛は家康様のいないあいだ、この三河を守ってきたけど、信秀が死んでからは一度も攻められていないよ♪」


 半蔵が声をはずませると、十兵衛は眉間にしわを寄せた。


「詭弁だな。織田家同士の内輪もめ、内乱を治めるのに忙しかっただけだろう」


 あくまで敵意を向けてくる十兵衛に、信長は笑顔で返答する。


「はは、尾張の統一なんて三か月で済んだよ。それからの二か月だって、俺は一度も侵攻していないぜ。それに隣国なら知っているだろ? 俺の鮮やかな手腕。犬山城の織田信清、鳴海城の山口教継、清州城の織田信友、岩倉城の織田信賢やその家臣たちに加えて、謀反を起こした弟の信勝を三か月で平らげた実力者で、しかも尾張を統一したいまの信長軍は歴代最強だ。なのに、どうして三河に侵攻しないと思う? さっさと三河を攻略して、尾張三河の二国を手にして今川に当たればいいのに、それをしないのは何故だと思う?」


「確かに、ノブさんの言う通りだね。この二か月、内政に力を入れていたみたいだけど、それにしても極端すぎるよ。本当に、侵攻する気なんてないみたいに」


「そうだよ、にぃにぃにボクらをどうこうする気なんてないよぉ」


 ――よし、家康と半蔵はもうこっち側だな。でもやっぱり……。


「短期決戦で強引に尾張を統一したところで物資が尽き、国力回復に努めていた、とも取れる。半蔵、貴様はそれでも忍びか? 短絡すぎるぞ」


「わーお、怒られちゃった♪」


 半蔵がぺろっと舌を出すと、今度は勝家が前のめりになって十兵衛とにらみ合う。


「十兵衛とか言ったな。こっちは先代信秀様が戦に勝利して正当に手にした領土や城を無償で返すとまで言っているのに、その態度はあまりに無礼ではないか?」


 凄味を利かせた視線に、十兵衛も同じく鋭利な眼光を返す。


「無礼で結構。こちらは父、柳生宗矩と共に、家康様のいない三河を最前線で守り、戦い続けてきたのだ。共に戦い散っていった友や家臣を想えば、同盟を持ちかけられ首を縦に振ることなどできん」


 十兵衛の頑なな態度に、秀吉はハッとする。


「信長様……この人……」

「ああ、間違いねぇ……」


 信長も、神妙な顔で口を開いた。


「この女、めっちゃイイ女だ」


 勝家、家康、半蔵が口をぽかんと開けて、十兵衛は眉間のしわを深くした。

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