第45話 たぬきちゃんとの再会
次の日の午前。信長軍八千は清州城を出発。次の日の夕方には、三河の北西、国境にほど近い地の城、安祥城に到着し、陣を張り野営の準備をした。
一益の報告によれば、明日の昼前に、松平側が会談の場を設けてくれるらしい。
そして夜が明け、そのときはやってきた。
織田側からは、信長、勝家、秀吉の三人が出席することになり、徳川からの使者に招かれ、三人は安祥城の門の前へと案内された。城門の前には、戦場の本陣で使われるような机と、椅子が三つずつ用意されていた。
その横に佇む三人組の中央には、見知った顔がある。
小柄で童顔の、可愛らしい女の子、彼女がポン太こと、松平家康である。
ここは両軍の総大将同士の、同盟を結ぶか否かの会談という、極めて重要な場に、勝家と秀吉は緊張を隠せない様子だ。
けれど、前世の記憶があり、元服した家康の性格、自分への想いを知っている信長は、徳川方の三人との距離が縮まると開口一番に手を挙げた。
「ようポン太、久しぶりだな♪」
「あっ、にぃにぃ♪」
真ん中の少女が手を振ると、勝家と秀吉、ついでに家康の両側に立つ家臣が驚愕に凍り付いた。
他国の貴人を、いきなりポン太呼ばわりだ。無理もない。ただし、秀吉だけは『え? あの女の子が家康にゃんですか?』という意味で驚いた。
家康は、ポン太と言われるだけあり、小柄で童顔で、丸くてふくよかでぷっくりとした……胸の持ち主だった。彼女が嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねると、着物越しに豊かな胸も、大きく躍動した。
――いい眺めだなぁ。
と、信長はほっこりした。
信長がおいでおいで、と手招きをすると、家康は嬉しそうに駆けだす。でも、その小さな足は数歩と進まずに、左右の家臣に止められる。
それで信長も、心のなかで舌打ちをする。
――やっぱ、そう簡単にはいかないか。
右目の眼帯を外し、信長はそのふたりを見分する。
「そのふたりは家臣か? はじめまして、俺が尾張の天魔、織田信長だ」
信長が歯を見せて笑うと、千度の人生で幾度も顔を合わせた少女が、愛嬌たっぷりに声をはずませる。
「ちゃっほーい♪ あたしは徳川忍軍頭領、服部半蔵だよー♪」
未来の織田四天王、柴田勝家や滝川一益にもひけをとらない後光の大きさ。そして、常軌を逸した戦闘ステータスの高さと『暗殺』『忍術』技能に加え『武芸十八般』技能まで持つ反則ぶり。紛れもない、伊賀の国の三大上忍の一角であり、未来では日本中にその名を轟かせる、伝説的な忍者、服部半蔵だ。
――細身のわりに、筋力値と生命力が馬鹿高ぇな。そういや服部家って、聖徳太子の時代から人間の品種改良しているんだったな。
「あれれー♪ どうしたのノブさん? あたしの顔に何かついてるー?」
可愛らしく笑いながら、顔を覗き込んでくる半蔵に、信長は誤魔化し笑いをする。
「いや、ただ忍者にしては愉快な奴だと思ってな」
同じ気持ちなのか、勝家も怪訝な表情で半蔵を眺めている。
「あはは♪ それは小説の読みすぎだよぉ♪ だって忍者は敵の情報を手に入れるのが仕事だよ? 無口な子にそんなのできるわけないじゃない♪ 忍びは明るくひょうきんでその場を盛り上げて相手を調子に乗らせて大切なことを喋らせてなんぼなんだからね♪」
――うん、知ってる。前世でもお前、同じこと言ってたし。
半蔵に続いて、もうひとりの女性が前に進み出ると、彼女は鋭い瞳でこちらを見据えながら、腰に差した刀の鞘に触れる。
「私は松平家剣術指南役、柳生十兵衛だ」
ドスの利いた、真冬の刃のように冷たく、そして鋭い声と眼光を光らせ、十兵衛は警戒心もあらわに、家康の前に半身を重ねる。とてもではないが、これから会談に臨む姿勢には見えない。
――こいつは、はじめて見る奴だな。いや、待てよ……。
魔眼で見分すると、後光の大きさは半蔵と同じか、それ以上の傑物だ。戦闘ステータスは高いどころか、技術がA評価。前田利家と同格の戦闘力を有していた。
――そういえば、千度の人生のなかで、徳川家に柳生宗矩って剣客が雇われたことが何度かあったな。その子供が十兵衛じゃなかったか? なるほど、今世だと、その十兵衛が俺と同じ頃に生まれているわけか。
観測者の言う逆境のせいで、戦国の英傑たちが信長と同じ時代に生まれ、若い全盛期の力を持っている。だが逆に、未来で生まれるはずだった英雄まで同じ時代に圧縮されているらしい。
――そうなると、今世の天下取りは、俺が思っている以上に難易度が高いかもな。十兵衛以外にも、それらしい心当たりはあるしな。まぁそれは置いといて、いまは、この会談を成功させることに専念しよう。
いくつかの懸念を振り払い、信長は気を取り直した。
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