第43話 日本の在来馬ってかわいいよね

 利家たちが連れてこられたのは、馬小屋近くの練兵場だ。ここで射撃訓練をすると、馬小屋の馬たちは銃声に聞き慣れ、爆発音を聞いても動じなくなる。


 そこで少し待っていると、馬小屋のほうから、それぞれ馬を引き連れた秀吉と可成が歩いてきた。


「ワンコ、昔から俺が馬の育成に力を入れているのは知っているよな?」

「ええ、よく馬狩りに行ったし、馬小屋も随分増築していたわね」

「馬の機動力は大事だからな、東の大名に後れを取らないためには、馬の増産と品種改良が必須だ。俺はこれからも、どんどん馬の育成に力を入れるつもりだ」


 当時、日本在来馬は東日本には多く生息していたが、西日本には少なかった。その証拠に東日本は武田の騎馬軍団、伊達の鉄砲騎馬隊などが有名だ。


 軍馬、そして騎馬武者の少なかった西日本の軍は、東日本の軍に比べ、機動力、突撃力で後れを取っていたと思われる。


「で、去年生まれたこの二頭が、いまんところ一番出来がよくて将来性のある仔馬だ」

 言って、信長が手で指した二頭の仔馬を見て、利家よりも先に、慶次が声を上げる。

「可愛い♪」


 二頭の仔馬はとても恰幅がよく、もんまりとした体型で、コロコロしていた。


 前述の通り、競走馬のようなスポーツマンではなく、戦場を駆けるソルジャーたる軍馬に必要なのは、重たい鎧武者を乗せてもスピードを落とさない屈強な筋力と、雑兵を威圧し跳ね飛ばせる太く筋骨隆々の体格だ。


 仔馬の時点でこれほどずんぐりと、そしてむっくりとした体型ならば、将来性は抜群だ。ただし、利家は目を見張りながら、


「立派な馬ね。これなら来年の今頃は、相当な偉丈夫になっているわ」


 と感心する一方で、慶次は顔をへにょへにょに緩めながら、秀吉が連れてきたほうの馬に抱きつき、その背中に頬ずりをする。


「えへへ、可愛いのです♪ 可愛いのです♪ 丸くてぷっくりしていてタテガミがふわふわなのです♪」


 馬も慶次のことが気に入ったのか、首を巡らせ、慶次にじゃれついた。


「そんなに気に入ったならそっちの仔は慶次にあげるわ。ノブ、それでもいい?」

「そうだな、尾張統一に貢献した褒美ってことで、そっちは慶次にやるよ」


 利家と信長からそう言われると、慶次の顔に満開の笑顔が咲いた。


「ほんとですか♪ わーい♪ えへへぇ、お腹ぷにぷにぃ♪」


 仔馬のぽっこりお腹を指で突きながら、慶次は馬の横っ腹にキスをした。


「気に入ってくれて何よりだ。じゃあ名前つけてやってくれ」


 信長に頼まれると、慶次は頭を悩ませるが、すぐに笑顔を取り戻す。


「う~ん、じゃあ松風っ、松風にします。今日からお前は松風だよぉ、松風ぇ♪」


 そのネーミングセンスに、信長と利家が一瞬固まった。


「ちょっ、おい慶次。松風って、お前の好きなお菓子の名前だよな? いいのか? 轟雷号とか、鬼帝丸とかじゃなくて?」


 何度か出たが、松風とは小麦を材料にした焼き菓子である。これは、ペットにプリンやモンブラン、ミルフィーユと名付けるのに等しい。少なくとも武将が、まして軍馬につける名前ではない。もっとも、馬に連銭葦毛『連なる銭』とつける信長もどうかと思うが。


「いいんです♪ この子は今日からは松風なんです♪ お姉ちゃんは松風焼きにする?」

「しないわよ! ていうかそんな痛い名前つけるのはあんたぐらいのもんよ!」


 ちなみに、松風焼きとは、松風によく似た外見の京都料理である。


「じゃあお姉ちゃんはなんて名前にするの?」


 慶次に見上げられると、利家はちょっと頬を染めながら唸る。


「う~んと、そうねぇ、じゃあ……松……谷?」


 信長の心臓がキュンとした。


 ――妹の馬と一文字違いにするとか、なんだかんだ言って利家って慶次のこと大好きだよな。いいお姉ちゃんだぜ。俺にもこういうお姉ちゃんが欲しいッ。


 余談だが、史実における信長は大のシスコンお姉ちゃんスキーであり、寵愛した女性はことごとくが年上で包容力のある女性だったという。


「なぁ勝姉。ものは相談だけど勝姉にも馬一頭あげるから、俺の連銭葦毛と一文字違いの名前にしないか?」

「意味わかんないんですけど?」


 勝家は、渋い顔でへの字口を作った。

 信長の背後から声がしたのは、そのときだった。


「殿、今川軍が動いたでござる」


 誰にも気配を気づかせず、いつのまにか信長の背後を取っていたのは、中途採用組のひとり、滝川一益だった。

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