第42話 ねとられないよ!大丈夫だよ!
利家の実力なら、簡単に殺せた刺客を金で丸め込んだのには、理由があった。それは雇い主の情報だ。
たんまりと金をもらった五右衛門は、ほくほく顔で恥も矜持もなくすべてを吐いた。
雇い主は美濃国の主、斎藤義龍らしい。その義龍だが、どうやらいますぐに攻め込んでくる気はないとのことだ。
義龍はいま、内政にゴタついており、混乱している国を治めたり、各地の公家や豪族たちに自分が国主だと認めさせるので手一杯のようだ。
これはいいことを聞いたと、信長は五右衛門に、帰りの船まで手配してやった。ただ信長は、なんとなくだが、五右衛門とはまた会うような気がしていた。
そして、また十日かけて尾張へ帰り、夏も終わりを迎える八月下旬のある日。残暑も穏やかになってきた昼過ぎに、信長は、尾張の国主としての仕事に勤しんでいた。
「信長様、お茶をお持ちしました」
「おう、そこに置いといてくれ」
秀吉が執務室に入ってきても、信長は筆を休めない。秀吉は、何を書いているのだろうと覗き込む。
「信長様、今度は何をするつもりですか?」
「んー? 尾張国内で、俺にちょっと反抗的な公家や豪族、他の権力者たち全員に、将軍義輝から正式に尾張国主に任命されたって手紙を書いてんだよ。同時に、国主としての命令書もな」
「命令書ですか?」
「ああ、関所撤廃や徴兵禁止とか、俺がやってきた経済政策を尾張全土に広めるんだ。もちろん、逆らった奴は領地召し上げお家取り潰しのうえ打ち首な」
「うっわ、きびしいですね♪」
いしし、と笑いながら秀吉はお茶を机に置いた。
「それにしても信長様、なんだか上機嫌ですね」
「ふふん、まぁな」
サルの言う通り、信長の筆は弾んでいて、それだけで彼の機嫌がよくわかる。
もちろん、尾張を統一できたから、というのもあるが、それだけではない。
――最近、いろいろと上手くいっているよな。尾張を統一できたのもだけど、この前からワンコとはイイ感じだし、慶次も可愛いし。ていうか、もうワンコとはそういう関係なんだし、そろそろ結婚しようかな。ぐへへ。
そして、信長がプロポーズの言葉を考えていると、
「ああそういえば信長様知ってます?」
「ん、何かなサルくん?」
信長はお茶を一口すすり、
「利家結婚するそうですよ」
噴き出した。
「はっあぁああああああああああん!? てめぇサルそれはどういうことだゴルァ!」
魔王の殺意をみなぎらせて、信長は秀吉につかみかかった。秀吉は、戦々恐々としながらブルついた。
「え? いやいやだからそのままですよ。結婚が決まったそうです」
「フザケんなぁあああああああああああああああああ!」
「ひぃっ!」
信長は頭を抱えて雄叫びをあげ、それから瞳孔を開眼させながら手をわなわなさせる。
「ていうことはあれか? あれなのか? ワンコのくちびるを、極乳を、極尻を、柔肌を」
利家を片時も離さなかった、熱い夜の思い出が、顔の見えない男の手で汚されていく幻に、信長は吐いた。
「おぼろろろっろろろろおろろ!」
「信長様!?」
秀吉がかなりビビりながら声をかけると、信長は跳躍。畳に頭から突っ込んで転がった。
「いやだぁああああああああああああああああ! ワンコは俺の! 俺だけのものだぁああああ! ワンコの西瓜大のおっぱいも安産型のお尻もムチムチの太腿も見ていいのは俺だけなの知っていいのは俺だけなの! ぷるぷるのくちびるとお尻とおっぱいを食べていいのは俺だけなんだああああああああ!」
平成なら、デパートでおもちゃを親にねだる子供……すらも超越した駄々をこねる信長に、秀吉はどうしていいかわからず、完全に固まってしまった。
◆
しばらくすると、慶次が部屋に尋ねてきた。
「魔王様。お姉ちゃんが結婚するんですけ、ど?」
青ざめる秀吉の隣で、信長は猛烈な勢いで愛刀長谷部国重を研いでいた。
「ぐははははは! どこの野郎か知らないがそいつのチ〇〇を寸刻みにして肛門に溶けた鉛を流し込んでやる! 俺の魔王刀の切れ味をみせてやる! 一族郎党皆殺しだ! 世界に魔王らしく絶望と災厄を振りまいてやる! ワンコが俺以外の男のモノになる世界なんて滅ぼしてやるぅ!」
血の涙を流しながら舌なめずりして、信長は全身から邪悪な瘴気を噴出させていた。
流石の慶次も青ざめて、ちょっと引いた。
◆
さらにしばらくして、今度は勝家が部屋に入ってくる。
「聞きましたよ信長様。利家が結婚するんだって? 結婚祝いには何を……え?」
信長は赤子のように丸まって涙を流し、嗚咽を漏らしていた。
「うえぇえん、ワンコのばかぁ……他に好きな奴がいるならなんで言ってくれなかったんだよぉ……嫌なら嫌ってちゃんと言ってくれよぉ……ぐすんぐすん」
「……これは、なんがどうなっているんだい?」
勝家が首を回すと、秀吉と慶次は畳に正座して、困り果てた顔で悩んでいた。
そこへ、噂の利家が顔を出した。
「どうしたのよノブ? なんで泣いてんの?」
利家が心配そうに駆け寄ると、信長は利家の手を振りほどいて喚き散らす。
「うるせぇさわんなばかぁ! 何が結婚だばかやろぉ!」
「結婚? そうそう、それで今日その結婚相手を連れてきたのよ。ほら、挨拶して」
利家の視線が、開いた障子へと投げられると、信長は雷電のような速さで長谷部国重をつかみ、人影に斬りかかった。
「貴様が泥棒犬かぁあああああ! 死ねぇえええええええええええええい!」
「どうも信長様、まつですの」
幼女の頭上一ミクロンのところで、信長の刀が止まった。信長の目は点である。
「え? 幼女?」
目の前に刀が迫っているのに、幼女は妙に落ち着いた表情と声だった。
「はい、わたくしがお姉さま、もとい利家様の結婚相手でございますのよ。ちなみにお姉さまとは従姉妹ですの」
信長はまばたきをしながら、ぐるりんと利家に振り返る。
「……どゆこと?」
すると、利家はバツが悪そうな顔で赤面して、への字口で死線を逸らす。
「そ、それは、ね……」
言葉の出ない利家に代わって、まつが説明した。
「実はお姉さまの女子人気がとうとう清州から尾張全土に広まってしまい、このままでは信長様との関係が邪魔されそうでしたので、従姉妹であるわたくしがお姉さまと形だけの結婚をして、女子たちの興奮を治めようと画策した次第ですの。お姉さまの男役は信長様、女役はわたくし。それで尾張中の女子たちも諦めてくれるでしょう」
にやにやと、いたずらの成功した子供のような顔でまつは語る。
男子たちからは女子力がないと馬鹿にされているのに、女子からは過剰に愛されるのが恥ずかしいらしい。利家は、両手で顔を隠して唸っている。
対する信長は気が抜けたのか、その場に座り込んで脱力した。
「うぅ、よかったよぉ、ワンコが他の男のものにならなくて本当によかったよぉ……」
そんな信長の姿に、利家は別な意味で頬を熱くする。
「ねぇノブ。あたしが他の男と結婚するの、そんなに嫌だったの? 泣いちゃうくらい」
「うん」
と信長が頷くと、利家の瞳にキュン、と恋心が浮かんだ。大好きな信長に想われて、幸せ過ぎて顔のにやけが止まらない。両手を頬に当てて、利家は身を揺すって照れてしまう。
「そうだ、なら結婚祝いをあげないとな、ちょっとついてこい」
涙を拭いながら立ち上がり、信長はみんなを連れて部屋を出た。
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