第41話 天下の大泥棒!
次の日の朝。信長たちは京を出て街道を通り、再び伊勢へ向かっていた。伊勢の港から伊勢湾を通り尾張の知多半島へ帰るのだ。
昨晩、信長は謙信のことが気になり、一睡もできなかった。けれど、
「殿、今回の上洛は大成功でしたな!」
鼻息を荒くする可成へ、信長は気を取り直して得意げに胸を張った。
「まぁな、金は贅沢するためだけのもんじゃない。こういう賢い使い方をしないとな」
「ウチも、それは行商をしているときに嫌というほど学びましたよ」
「そうなの?」
利家に問われると、秀吉は自慢げに舌を回す。
「銭で情報を買ったり売ったり、口利きをしてもらったり、銭の使い方ならちょいと自信があるんだにゃあこれが」
「へぇ、あんた凄いのね……」
利家は感心するが、未来では、利家こそが戦国一の財産管理能力持つソロバン大名となっていたりする。
「にしても、街道って思ったより歩きにくいな。俺が領主なら、もっと道を整備して物流を活性化させるぞ」
「信長様の頭のなかは、いつも経済政策のことでいっぱいでござるな」
可成が興奮気味に喋ると、勝家が溜息をつく。
「いままでそれを見抜けなかったんだから、あたしはちょっと落ち込むよ」
勝家が肩を落とすと、信長は笑顔でフォローに回る。
「そんなにがっくりするなよ。それに今回は勝姉のおかげで助かったよ。何せ、うちの連中は公的な場での振る舞いに疎いからな」
信長がチロリと視線を向けると、利家たちは申し訳なさそうに頭をかいた。
なんだかんだ言って、利家は信長と同じ傾奇者集団の少女で、秀吉は農民出身、可成は脳筋だ。対して勝家は、屈強で豪快で武に生きる巌のような女だが、これでも代々織田家に仕えるそれなりに大きな武家、柴田家の子だ。
武士として、そして尾張国の政治の一翼を担う重役としての教養を身に着けている。
将軍の御所を訪ねたとき、将軍様へのお目通りを願うときのやりとり、対応は勝家頼みだった。
「そう言ってくれると助かりますよ。ただ、あんたらはもっと勉強しな。信長様はもう尾張一国を治める国主で、いわば王様だ。いつまでも傾奇者じゃ困るよ」
勝家に指摘されると、利家は恥ずかしそうに言い返す。
「か、勝姉に言われなくてもわかっているわよ。政治のことはまだよくわからないけど、最近はソロバンも上手くなって織田家の財務を任されているんだから」
「拙者も、最近は書類の作り方を覚えてきました……」
「へぇ、そいつは凄いじゃないか。偉いよ」
そうやって勝家が感心すると、秀吉が腰を低くして口を挟む。
「あのう、ところで前々から気ににゃっていたんですけど、なんで信長様や利家は勝家様のことをお姉ちゃんと呼ぶにょで?」
「ん? そういやサルは知らないんだっけか? 俺ら三人は幼馴染なんだよ」
「幼馴染?」
「おう。柴田家は代々織田家に仕えている家で、俺の弟の信勝の幼い頃の世話係兼学友として勝家が選ばれたんだ。だから勝家はいつも信勝と一緒だったし、子供の頃はよく一緒に遊んだぞ。そんで俺や利家よりもふたつ年上だから勝姉だ」
「あたしはやめるよう言ったんだけど、信長様は仇名つけるのが好きでねぇ……」
勝家が肩をすくめると、秀吉が納得する。
「あー、利家がワンコでウチがサルですからねぇ……って! もっと可愛いのにしてくださいよ! サルってなんですかサルって!」
「え? 凄いいまさらだな。だってお前スケベザルだしサルでいいじゃん」
「それでも女子につける仇名じゃないですよね! ネコとかウサギとか!」
「じゃあ次から慶次のことはニャンコと呼ぼう」
「にゃんで慶次ぃ! じゃあせめてタヌキとかキツネとかぁ」
「いや、タヌキの枠はもう埋まっているんだ」
にゃーにゃーとうるさい秀吉の頭を押さえながら、信長はもうひとりの幼馴染のことを思い出す。
――ポン太(家康)の奴。今世でいまどうしているんだろ……。
平成ではあまり知られていないが、未来において江戸幕府を創設する天下人、徳川家康は、幼い頃、織田家に預けられており、信長と遊んで暮らしていた。
その関係は今世でも変わらず、信長と家康は幼馴染で、大人になったらふたりで一緒に天下を取ろうと約束していた。
そんな家康はいま、尾張の敵国今川の人質として捕らえられ、家康の祖国三河は、今川の属国として搾取される立場にある。
――できれば早く三河を属国解放してやりたいが、いまはまだ駄目だ。ポン太を助けて三河を解放できる機会は、今川が尾張に攻め込んでくるときだ。それまでは――。
「ちょいと待ちな!」
前世の知識から今後の計画を練る信長の思考を遮るように、鋭い声が飛び込んでくる。
信長たちが素早く首を巡らせると、街道沿いの小屋から、笠を被ったひとりの女が現れた。相手は一見すると行商人のようだが、その身のこなしは利家に折りたたまれた滝川一益、もとい忍びと同じだ。
――やっぱ一益って忍びだよなぁ。
「やっと来たか。お前、昨日から俺らを狙っている刺客だな?」
すると女は傘を脱ぎ捨て、顔をあらわにする。背が高く豊かな胸だが、顔立ちを見るに、まだ十代の女子だ。懐から鉄製のキセルを取り出した。どうやら、それが得物らしい。
「やっぱ気づいていたのね。いい勘しているじゃない。褒美に、あたしの名前を教えてあげる! 冥途の土産にするがいいわ!」
――え? 刺客なのに名前言っちゃうの?
信長の心のツッコミに気づかず、女子は左手を弓のようにひきしぼり、右手を前につきだし、歌舞伎のように『いよぉっー ポン』と聞こえそうなポーズで、
「伊賀の抜け忍! 天下一の大泥棒! アッ、石川! 五右衛門様よ‼」
――どうしよう。こういう馬鹿嫌いじゃない。
そこはかとなく五右衛門に惹かれていると、利家とたちは腰の刀を抜いた。
利家は、完全に変質者を警戒する目になっている。信長はひとつ質問をする。
「ふーん、で、お前の報酬はいくらなんだ?」
「ふっふーん。自分の命の値段ぐらいは知りたいようね。いいわ、教えてあげる。あんたを殺せば、依頼主は五貫文(一千万円)くれるのよ! だから死になさい信長ぁ!」
「じゃあ俺を尾張まで届けてくれたら護衛料十貫文払うよ」
五右衛門の足が止まった。目を泳がせながら、得物のキセルをぷらぷらさせる。
「そ、そんな言葉を信じるとでも思ってんの。どこの世界に刺客に金払う奴がいんのよ」
「なんならこの場で証文書いてもいいぞ? それより手形のほうがいいか? 十日後、俺が生きていたら十貫文と引き換えられる約束手形を書いてやるよ」
「ばば、ばっかじゃない! そんな口車に誰が乗るのよ!」
「二〇貫文(四千万円)」
五右衛門はその場に膝を折り、暗殺者としての矜持と戦いはじめた。その目には涙が滲み、肩を震わせて耐えていた。そこへトドメの一言。
「四〇貫文(八千万円)」
「草履の裏をなめさせてください!」
五右衛門は、その場で土下座した。
刀を構えていた利家たち四人は肩透かしで、頬を引きつらせながら信長へ振り返る。
「これが、賢いお金の使い方だぜ?」
信長は歯を見せて笑った。
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