第35話 ブラックホワイト企業?

あとに残された信長は、肩にあごを乗せてくる慶次のほっぺを、ぷにぷにふにふにと突っつく。


「こら慶次、あんまりお姉ちゃんをいじめたら駄目だぞ。えいえい」

「むぅ~、だってぇ~……ねぇ、ノブ兄」


 ゴロゴロと猫のように肩口に甘えながら、慶次は神妙な問いかけてくる。


「ノブ兄はさ、お姉ちゃんのこと、好きなんだよね?」

「ああ、大好きだぞ」


 その返事に、慶次はちょっと体を強張らせる。それから、らしくない、ためらいがちな口調で訪ねてくる。


「ねぇノブ兄。もしもさ、もしもだよ?」


 慶次の肉厚な巨乳越しに、彼女の心臓の鼓動が伝わる。それほどに、彼女はドキドキしているのだろう。


「お姉ちゃんよりも先に、あたしと会っていたら、あたしのこと、好きになってくれた?」


 背中に伝わる鼓動が一層強くなり、自分の鼓動と判別がつかなくなる。

 信長は、慶次のいじらしさに胸を打たれながら、あくまで包容力のある声で答える。


「そうなってみないとわからないよ。でも慶次、確かに、いま俺が一番好きな、一番大事な女の子はワンコだけどさ」


 信長は首を回し、頬ずりができる位置にある慶次のくちびるを求めた。


「慶次のことも、大好きだぞ」


 ふたりのくちびるが重なり、信長は慶次の舌を強く吸い寄せた。優しく甘噛みして、離して、かと思えば、彼女の口の中を、自分の舌で丁寧に探る。


 まつげが触れ合いそうな距離にある彼女の瞳がハートを散りばめたように熱く濡れて、彼女もこちらを求めてくれる。ちなみに戦国時代、すでにハートマークという概念はあった。


 ふたりの舌とくちびるが抱擁をかわして、いやらしい水音を鳴らしながら、体温を共有する、幸せな時間。けれど、そんな甘い時間は長くは続かない。


 浴場の戸が勢いよく開いて、


「ノブ! あんた人の妹に何してくれてんのよ!」


 全裸の利家が飛びこんで、跳び蹴りをかましてくる。信長は人生千回分で鍛えられた経験値で、身を少しひねるだけで回避。信長は利家の胴体を脇に抱えるようにしてキャッチすると、飽きれたように息をついた。


「脱衣所で立ち聞きなんて感心しないぞ。おかげで俺と慶次の気持ちがお前にバレちまったよ」


 信長が利家のことを『大好き』と言ったのを思い出しているのだろう。利家はくちびるを固く引き結んで、視線を泳がせる。


 利家の反応は、いちいち信長の嗜虐心をくすぐってくるので、信長としても困ってしまう。信長は利家を抱き寄せると、慶次にそうしたように、そのくちびるを求めた。


「大好きだぞ、ワンコ♪」

「はむっ!?」


 途端に、利家の瞳にもハートが散りばめられる。姉妹そろって同じ反応で、このふたりって似てるよなぁ、と思い知らされる。


「ぶー、お姉ちゃんばかりずるいー」


 そう言って、慶次が背中から抱きついてくる。そうすると利家はくちびるを離して『いまはあたしの時間なのっ』と反論する。


 ――姉妹丼さいこうぅ。


 愛する女性を手にする充実感と、邪神龍の滾る欲望を満たす達成感に、信長は万感の思いだ。こうして、またふたりに挟まれながら、信長は幸せなひとときを過ごすのだった。

   


   ◆



 三日後の昼過ぎ。信長は秀吉が修理を担当した城壁を前に、ニヤリと笑う。


 果たして、そこには新品同様の、完成された城壁がそびえ立っていた。


「でかしたぞサル。で、どうやって三日で修理した?」


 信長が問いかけると、秀吉は平らな胸を張り、自慢げに語る。


「はいにゃ♪ まず修繕する箇所を一〇〇箇所に区切って、五〇〇人の人夫も一〇〇組に分けましたのみゃ♪ それから早く終わった組から順に、多くの追加報酬を与えると言いましたのみゃ♪」


 ――やっぱりその方法に気づいたか。何度人生をやり直しても、こいつはこいつだな。


「するとあら不思議、人夫たちは汗だくになりながら血眼になって怪鳥のような奇声を発しながら不眠不休で働いたのみゃ♪」

「どんだけ金好き!?」


 秀吉の背後では、報酬の銭を受け取った人夫たちが、


「よっしゃ色町に行くぜぇ!」

「今日こそ桜大夫とキメんぞ!」


 などと叫び、全力疾走している。


 ――金好きっていうか女好きか。まぁいいけど……気持ちはわかるし。


 ちなみに、信長は史実において、多くの側室を囲い、子供は判明しているだけで二〇人を超える。


「よし、じゃあサル、明日までに旅支度しておけ」

「旅支度? どこかへお出かけですかみゃ?」

「おう」


 頷いて、信長は、ちょっと団子買ってくる、ぐらいの軽さで言った。


「明日みんなで上洛すんぞ」

「…………へ?」


 上洛――首都、京都へ行くこと。


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