第32話 リーサル・ウエポン・ファクトリー


 信長が足を運んだのは、清州城内に新設した、兵器職人たちの工房だった。


 第一工房では、様々な火薬の調合方法が研究され、第二工房では、兵器に使う陶器の部品を焼いている。そして第三工房では兵器に使う金属部品を鍛え、第四工房で兵器を組み立てる。四つの工房のすぐ横には、射撃場まで完備されている。


 信長は清州城の城壁よりも、まずこの工房の造営を優先していた。


 信長は、幼い頃から鍛冶職人、陶器職人の息子たちと仲良くし、現在ではここで専門の職人として働いて貰っているのだ。


 梅雨が明けたばかりの蒸し暑さに加えて、鉄火場の熱気が外にまで溢れ出し、信長の肌を焼いて、一気に汗が噴き出してきた。


 信長は第三工房を避けるようにして、まっすぐ第四工房へ向かった。


「ワンコ、慶次、進捗状況はどうだ?」


 信長が顔を出すと、利家と慶次、それに勝家が振り返る。


「ノブ、ちょうどいま説明が終わったところよ」

「これをご覧ください」


 ふたりの前の机には、この時代にないはずの兵器がいくつも置いてある。

 慶次はそのひとつである、丸い陶器を撫でた。


「こちらが陶器のなかに鉄粒と火薬を入れた焙烙玉(手榴弾)。導火線に火を点け、着火すると爆発し、周囲に鉄粒を飛ばして多くの敵兵を殺傷します」


 慶次に続いて、利家も上機嫌に説明する。


「こっちの、細い棒の先に筒がついているのは、棒火矢(グレネード弾)よ。先週、推進剤の製造にやっと成功したみたい。筒の上半分は普通の火薬と鉄粒だけど、下半分は推進剤。火を点けると火を噴いて二町(二一八メートル)先まで飛んで爆発するわ。全部、ノブの考えた通りよ。地雷はまだだけど、今月中には完成する見込みらしいわ」


 ふたりの解説に、勝家が苦い顔をする。


「ふたりに誘われて見に来たけど、まさかこんな兵器まで用意していたとわねぇ。こりゃ信勝様に勝ち目ないわけだ……」


 さしもの猛将柴田勝家も、時代を先取りしたオーパーツを前に溜息をついた。


「ふっ、まぁ俺は天才だからな。これがあれば、今川共に一泡吹かせられそうだ。それで、アレの開発はどうなっているんだ?」


 その問いで、利家と慶次の表情が曇る。


「うーん、それがねノブ。アレの前身になるものは完成したんだけど、アレそのものはまだ難しいみたい」

「私も残念です。アレが力を解き放ち、万物を葬るところを見たかったのに……」

「そうむくれるなよ慶次。まぁ職人たちの腕もそのうち上がって、作れるようになるさ」


 ――実際、銃火器は加工が難しくて、高い技術力が必要だ。いまのうちから多くの銃火器や火薬兵器に携わらせて、刀鍛冶や鎧職人とは別に、兵器製造職人を育成する必要がある。まぁ、今川が相手なら、アレがなくてもまだいいだろう。


 信長が真剣な顔でそう判断すると、利家が邪心を誘うようなことを呟く。


「それにしても第三工房は暑かったわね。ただでさえ暑いのに、もう汗だくよ」


 利家が着物の襟をぱたぱたと引っ張ると、信長は張り付いた作り物の笑顔を浮かべる。


「そっか、じゃあ一緒に水風呂でも入るか?」

「いいわね水風呂。じゃあ一緒に、へッ?」


 笑顔が一転、利家は目をまん丸にして硬直した。紅潮した頬が愛らしい。


「何驚いているんだよ。ほら行くぞ」

「いや、でも、その、えっと、ねっ」


 顔を真っ赤にしながら両手を右往左往させて取り乱す利家の姿を前に、妹の慶次は意地悪にニヤついた。


「ふっうーん。お姉ちゃんてば裸でノブ兄と寝ていたから大人の階段上ったのかと思ったら、意外とまだ子供なんだね。可愛い♪」


 妹の嘲笑に、利家はムムッと眉を吊り上げた。


「あたしのどこが子供だっていうのよ! そういうあんたこそ子供じゃない!」

「ちがいますー。あたしは子供なんかじゃありませんー」


 両手をひらひらさせながらふざける慶次に、利家は語気を強めた。


「そういうのが子供っぽいのよ! じゃああんたはノブと一緒にお風呂に入れるの!?」

「んな!?」


 慶次はみょうちきりんなポーズで硬直して、かーっと顔を赤らめる。それから意を決したように胸を張る。


「はは、入れるに決まっているであろう! 我は魔王様の眷属にして魂の同胞! はだっ、裸を見られるぐらいなんともっ……」

「あた、あたしだって平気よ! あたしはあんたと違って立派な、大人の女なんだから!」


 そして姉妹喧嘩に魔王が参戦。


「つまりふたりとも一緒に入るってことだな。よし行くぞ」

「「はにゅッ!?」」


 姉妹そろって硬直。大人比べは引き分け。漁夫の利を得たのは信長だけだった。そこへ、


「裸の気配を感じてウチ参上! 是非ウチもお供に!」

「勝姉、熊握り(アイアンクロー)」


 突如工房へ飛び込んできた秀吉の顔面を、勝家がキャッチ。万力のような力で締め上げながら、工房への外へと連れだした。秀吉の手足は、わずかに痙攣するのみだった。

  

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