第27話 朝チュン
次の日の午前。先に目を覚ましたのは利家だった。
口では言えないような、物凄い夢から覚めると、ゆっくり上体を起こす。
そこは、いつもの自分の部屋だった。
でもおかしい、どうして自分は裸で寝ているのだろうか。それから、だんだんと夢の記憶が鮮明になってきて、ためらいがちに首を回した。
隣には、同じく裸の信長が寝ている。昨晩の出来事が夢ではないことを確認すると、利家の顔が、武将にあるまじきゆるみ具合を見せる。にへらぁっと笑い、かけ布団をつかみ、首元まで引き寄せると、
「えへ♪」
きゃるん、と照れ笑った。その直後から、かぁあああああっと恥じらいがこみあげてきて、頭まで布団をかぶると、両足をバタバタさせた。
昨日、信長にしてもらったことを思い出す。昨日、信長にしてあげたことを思い出す。昨日、信長とふたりでしたことを思い出す。
いまでも、信長の体温が全身に残っている。信長のぬくもりがお腹のナカに残っている。
反射的に、信長の体に、ひしっと抱きついて、何故か自分を責めた。
「うぅ……こんなに幸せでいいのかな?」
という一連の流れを、信長はすべて薄目を開けて見ていた。
利家が可愛すぎて、信長は幸せな気持ちが溢れて、富士山の山頂から叫びたいほどうれしくて、子供っぽく身をゆすってしまう。
もちろん、そんなことをすれば起きていることが利家にバレるわけで、凍り付いた利家と視線が合った。
全裸の利家と目を合わせながら、信長は一言。
「えーっと、もう一回、する?」
「ッッ~~!?」
利家の全身が一瞬で真っ赤に染まり、鼻から一筋の滴を流した。一瞬、信長は照れ隠しで殴られるかと思ったが、利家は震えながら、ためらいがちに身を乗り出してくる。
そして、ゆっくりと目を閉じ、何かを言おうとくちびるに隙間を作った瞬間、障子の開く音が横やりを入れてくる。
「大変です魔王様、信濃が! ッッ!?」
「はぐっ!?」
障子を開けた慶次と、全裸の利家の視線がかち合った。利家の姿を見て、慶次は視線を逸らす。
「えぇっと……お姉ちゃん、邪魔してごめん」
「気を遣うなぁああ!」
利家はあわてて掛け布団を抱き寄せて、豊満過ぎるおっぱいを隠した。
「それよりどうした! 信濃がどうなったんだ!」
信長が布団から立ち上がると、畳の上にかしずいた慶次は前を向く。
「はい! 上杉軍が信濃をぉおおおおおおおおお!?」
途端に慶次の顔が紅色に染まり、耳から蒸気を噴き上げそうになる。利家が裸ということはつまり、信長も裸だった。でも、信長は気づいていない。
「どうした慶次!? 上杉がどうしたんだ!?」
上杉家当主、謙信は前世、信長を殺した張本人だ。気にしないわけにはいかない。
真剣な眼差しでずんずん慶次に歩み寄り、慶次は目の前に迫るモノに平常心を奪われる。
「なんだ!? どうしたんだ!? 早く言ってくれ!」
「はわわわわわっ、うう、上杉軍が信濃国を平定。信濃は上杉の手に落ちまちた……」
「謙信が信濃を? あいつがこんなに早くに国盗りを、前世とは性格が違うのか? まぁいい。信濃なら武田信玄も黙っていないだろうし、って、慶次、お前さっきから……あっ」
朝から絶好調の下半身を見下ろして、信長は頬を堅くした。慶次に裸を見られると、何か大切なモノを失ったような喪失感があったが、同時に、何か言い知れぬ征服感があった。
信長が己の変態性を自覚したのと、慶次が気絶するのは、ほとんど同時だった。
◆
昨年よりやや早い梅雨明けを迎え、夏の暑さも本番に入ろうとする七月下旬。秀吉は、今日も信長が祝勝会で宣言した、検地の作業をしていた。
検地とは、農民の持つ田畑の大きさを測量することだ。
農民は田畑の広さに応じて納める年貢が変わるので、多くの農民は自分の田畑を小さく申告して、税を誤魔化そうとする。検地はそうした不正を暴いてしまうので、普通、農民は反発する。だから、どの大名もやりたくてもできない政策だった。
でも、信長は徴兵制の廃止と納税改革のおかげで農民からの支持が厚く、申告と畑の大きさが違っていても罰しないという噂を流しておいたので、受け入れてもらえた。なので、
「ちょっとおじさん、この田畑、申告より広いんじゃあにゃあか?」
「ええっと、それはそのぉ……」
秀吉に肘で小突かれ、農民の男性は気まずそうに頭をかいた。
「この広い分は、今期から新しく耕して広げた分で、いままで脱税していたわけじゃない。そうだにゃ?」
秀吉がずる賢い笑みを浮かべると、男性は背筋を伸ばす。
「は、はいっ! その通りです!」
「よしよし、じゃあ今期からはこの広さで納税してもらうからにゃ」
秀吉は小さな筆で、差出と呼ばれる台帳に、正確な田畑の広さを記した。
「ところでお侍様。なんでも信長様が楽市楽座というものをはじめられたとか。最近、この村を通り清州へ行く商人が多いのですよ。信長様は、農民にも商人にも優しいのですね」
「まぁにゃ。信長様は凄い人なんだみゃ♪」
男の純朴な感想に、秀吉は腹のなかで邪悪な笑みを浮かべた。
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