第28話 城下町作り

 その日の午後。信長は庭の池にしつらえた鹿威しの音を聞きながら、執務室で各領内への命令書を作成し続けていた。


 同じ部屋で、利家と慶次も机に向かっている。


 ソロバンの扱いが様になってきた利家は、せっせと税収の計算を進め、意外にも字の上手い慶次は、商人たちや職人への発注書とお礼状を作成している。


 机の上の皿には、ハチミツをかけた桃や身の部分をカットしたスイカが盛り付けられ、それぞれに爪楊枝が刺さっている。


 甘いスイーツを食べながら、信長たちが書類仕事に精を出していると、廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてくる。


 蒸し暑く、外気を取り入れるために開け放っている障子から、最後の検地を終わらせた秀吉が顔を覗かせた。


「信長様。ただいま戻りましたのみゃぁ」

「ご苦労だったな。お前も食え」


 暑そうな声を出して、差出帳を提出する秀吉に、信長は桃とスイカを勧めた。


「だから信長様好きなのみゃ♪」


 秀吉が桃の甘さにニコニコしていると、信長は差出帳のなかをあらため満足げに頷いた。


「よし、これで尾張国内のすべての田畑の大きさが正確にわかる」

「これで役人共の横領がなくなるのみゃ♪」

「そうだ。検地をして俺のほうで予定納税額がわかれば、不正がすぐわかる。中間搾取を一掃すれば、税率を上げずに税収を増やせる」


 この時代、納税関係の役人が税の一部を自分のふところに入れるのは、よくあることだった。でも、信長のほうで納税額を管理してしまえば、それもなくなる。


「でも魔王様、どうして差出帳に、わざわざ魔王様の名前を入れるんですか?」


 慶次の言う通り、信長は差出帳の作成係たちに『俺の名前を入れろ』と指示していた。

 いましがた秀吉が持ってきた差出帳の表紙にも『信長領●郡●区●村』と書いている。


「ふふん、それはなぁ……」


 信長が意地悪な笑みを作り、焦らすように言葉を切ると、慶次たち三人の視線が集まる。


 だが、信長が次に口を開く前に、あらたな客が現れる。


 秀吉に続き、庭先に顔を見せたのは、中途採用組のなかでも活躍が目覚ましい、熱血槍兵の森可成、明らかに忍びの滝川一益だった。


 朝、信長は城下町の市を見学してくるよう命じていたのだが、帰ってきたらしい。


「信長様! 城下の市はとてつもない賑わいで御座いました!」

「某も多くの市を見てきましたが、この短期間でここまで発展した市は始めてでござるよ」


 ふたりが言っているのは、信長が清州城の城下町に作ったふたつの市場、商業区のことだ。清州城を手に入れてから三か月。


 城下町の整備、開発はすっかり終わり、新設した市場は商人と客で溢れ、日々多くの物資が流入していた。それは、一朝一夕で形成される商業規模ではない。


「信長様の作戦通りですね! ウチらも頑張った甲斐があるのみゃ!」


 スイカを飲み込んだ秀吉が笑うと、可成が首を回す。


「頑張った? 秀吉殿は何か知っているのでござるか?」


 可成の問いに、秀吉はつつましい胸を張って、自慢げに答える。


「ウチと一益で、周辺の商人たちに新しい市の情報を流したのみゃ!」


 滝川一益も、額を拭う仕草で苦労を示す。


「一日三〇里以上も移動しながら宣伝して回るのは骨が折れたでござるよ」

 ――うん、だからね、それ忍者の移動速度だからな。


「ウチも一日二五里も走って宣伝するのは大変だったのみゃ♪」

 ――うん、それ飛脚並の移動速度だからな。

 信長は、心の中でツッコんだ。


 ちなみに、滝川一益は忍者の里である甲賀出身であり、のちの豊臣秀吉である秀吉は、行商人として全国を回りながら情報収集など、忍びのようなことをしていた時期がある。


「宣伝? それだけであんなにも人が集まるので?」

「そうだな。とりあえず上がれよ」


 可成がまばたきをすると、信長は畳を叩いて入室を促した。可成と一益は草履を脱いで、縁側から部屋に入ってくる。


 それから、信長はちょっと得意げに説明をはじめた。

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