第23話 女子力がなくなる前に救うんだ!


 弟信勝との家督争いに勝利し、多くの人材を登用した信長は、相変わらず尾張統一のために戦に明け暮れる日々を送っていた。


 だが、それも今日で終わりだ。


 梅雨入りを迎え、アジサイが見ごろの六月。信長は浮野の地で、最後にして最大の反信長勢力、織田信賢の軍勢との合戦に臨んでいた。


 信賢のもとには、元信勝の家臣を含め、残る反信長勢力が結集。兵力は四千にものぼっていた。対する信長も、徴兵はやめたが、尾張の多くを統一し、広い範囲で志願兵を募り、三千人の兵力を集められた。


 ただ、兵が増えた一番の理由は、信勝に勝ったことだ。


 以前説明したように、織田家に仕える武将は皆、跡取りである長男を信勝の家臣として差し出した。しかし、彼らは全員、この前の戦で死んだり、生き残っても謀反人一派だ。


 信長は、領内の武家の跡継ぎを、合法的に自分の舎弟になった次男や三男に据えられた。こうして、この前まで信長の舎弟として傾奇者、ヤンキーをやっていた連中は、正式に武家の当主に収まり、実家の土地、部下、権限を手にしたのだ。


 農民や町人からの志願兵も、ここで信賢を倒し、尾張一国を統一すれば、その募集地域を尾張全土に広げられる。信長軍は、これからさらに成長を続けるだろう。


 それを阻もうと、敵信賢が叫ぶ。


「この雨では得意の火縄は使えまい! 騎馬隊、突撃せよ!」


 厳密には、雨でもとある改造で使えるのだが、湿度が高いこの時期は、火打石が不発する可能性が若干ある。そのため、信長はこの戦いで鉄砲を使う気はなかった。


 ――それに、鉄砲に頼りすぎると白兵戦が弱くなるからな。新兵たちに経験を積ませる意味でも、今日は白兵戦に徹したい。


 そう思い、信長は自ら前線で指揮を執り、白兵戦を挑んだ。

 迫る騎馬隊に、信長は少しも慌てず、ひとつの指示を飛ばす。


「槍ぶすまを作れぇ!」


 長槍隊は一斉に槍ぶすまを作る。


 槍ぶすまとは、長槍の柄を地面に突き立て、穂先を斜め上に向けた状態で敵の馬を待ち構えるというものだ。


 結果、騎馬軍団は刃の壁に自ら激突して死亡。死を免れても、串刺しになった馬から落ちたところを刺し殺された。当然、槍の長さが違い過ぎて、騎兵の攻撃は届かない。三間半柄の長槍は、こうして使うのだ。


 単純にして強力な、この対騎馬戦術は、信長の発明である。


 ――よし、槍ぶすまは実戦的な練習が難しいからな、いい経験になった。


 はじめて目にする槍ぶすまに、敵騎馬隊は浮足立ち立往生をしている。この好機を見逃す手はない。信長は素早く動いた。


「行くぞお前ら! 死ぬ気で俺についてこい!」

『おっしゃああああああああああ!』


 いつものように、信長は舎弟たちを率い先陣切って突入した。


 先頭を走る信長は、敵本陣への道を守る敵を片っ端から斬り伏せ、積極的に敵将たちと斬り結ぶ。


 他にも鬼柴田こと勝家。槍の又左こと前田利家。魔王の眷属前田慶次。突撃馬鹿の池田恒興。その武勇から、最近では攻めの三左と呼ばれるようになった森可成が獅子奮迅の活躍で敵兵を薙ぎ払っていく。


 その豪勇ぶりには、信賢軍の兵も舌を巻く。なかでも、利家への注目度は凄まじかった。


 信賢軍の指揮官は、利家を見るや次々兵を送り、騎馬をけしかけ、重装歩兵や軽装歩兵から名のある武将まで、四方八方から利家の首を狙ってくる。


 その勢いたるや、利家の実力を知る信長でも心配になるほどだ。


 もっとも、利家は苦しいながらもドヤ顔で『あたしも名が売れてきたわね』と得意げになる。けれどそれもつかの間、信賢軍からは、


「利家とは絶対にひとりで戦うな! 熊狩りと同じだ! 囲んで殺せぇ!」

「人の子だと思うな! あいつは毎日素手でサメを殺しておやつにしている奴だぞ!」

「流石は股間の馬よりたくましいイチモツで清州中の女たちを孕ませる精力の持ち主だ」

「俺は着物を脱いだら金剛力士像以上の筋肉美だと聞いたぞ」

「赤子の肉を主食とする化け物などに屈してなるものかぁ!」


 と、謎の逸話が飛び出し続けた。


「誰が化け物だぁああああ!」


 利家が槍で一薙ぎすると、その衝撃で敵兵はまとめてぶっ飛び、槍はへし折れた。それでも問題なく、利家はそこらの死体が持っている槍や、落ちている槍を手にして戦った。


「何がサメ殺しだ! 何が金剛力士像だ! あ、あたしはこれでも乙女なのよ!」


 利家の剛力に耐え切れず、数回振るうたびごとに槍がへし折れ、その度に利家は他の槍に持ち替えた。

 そして、槍がへし折れるほどの槍撃に信賢兵はもれなく死んだ。


「ぐぅ、はぁ、ぜぇ、ばぁ……流石に疲れてきた、わね。どりゃあああああ!」


 三騎の騎馬が迫ってきて、利家は槍を構えて跳躍。一騎を刺し貫き、そのままの勢いに乗って二騎目を飛び蹴りで殺し、最後の一騎はすれ違いざまに顔面にラリアットかまして首の骨をへし折った。そして地面に降り立つと、いま殺した敵の槍を奪う。


 敵はまだ無数にいた。数えきれないほどの敵が利家に迫っていた。でも、彼女の消耗ぶりを悟った仲間たちが駆けつけてくれた。


「みんな! 利家の野郎を援護するんだ!」

「恒興……」


 突撃馬鹿の池田恒興が駆けつけてくるのを確認して、利家が頬を緩めた直後。


「これ以上利家の女子力がなくなる前に救援するんだ!」


 退却馬鹿の佐久間信盛も、

「なけなしの女子力がなくなったらいよいよ嫁の貰い手がなくなるぞ!」


 メガネ馬鹿の丹羽長秀が、

「利家なんて爆乳だけでかろうじて女子と認識されているんですから!」


 利家の額に青筋が浮かんだ。そしてニンニン滝川一益が、

「ううむ、某が混乱を誘うべく敵方に流した情報は効果抜群のようでござるな」


 利家の青筋が爆ぜた。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る