第24話 国内統一

 信賢軍を壊滅させ、見事勝利した信長は、いつものように戦後処理に追われていた。

 そしてこれまたいつものように、秀吉が味方の被害状況を報告する。


「敵の死者、一三〇〇人。こちらの被害は利家の手にかかった八六人が重症にゃのと、最大の損失は、くっ、利家の婚期ですのみゃ!」


 涙を禁じ得ない事実に、サルはわざとらしく泣き崩れた。

 死体の山と血の海の中心で、夜叉と化した利家が、一益の首を締めあげていた。


「ひぃっ! そそ、某はただ噂を流しただけでござる! 流布させる内容を考えたのは恒興殿でござるよぉ!」

「うあぁっ! テメェなんてことを言いやがる!」


 半死だった恒興が飛び起きると、利家の首がグルリンと回った。


「つぅうううねぇえええおぉおおおきぃいいいいいいい」


 地獄の底からすすりあがるような重低音を響かせ、利家は半死の恒興を全死にすべく一歩を踏み出した。戦場には、恒興と一益の断末魔の叫び声がいつまでも鳴りやまなかった。


「「ひぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼」」


 ところで話は変わるが、織田軍には太田牛一という書記係がいた。信長とその周囲の人物に関するあらゆることをメモしていた彼は、のちに信長に関する第一級の伝記資料、信長公記を書き記す。


 ただ、このとき前田利家が恒興と一益に行った所業はあまりにも筆舌くし難く、書き残すことを断念した。


   ◆


 その日の夜。信長の舎弟たちは清州城で祝勝会を開いていた。みんなでお酒を飲んで歌って踊っての賑やかなもので、家臣たちの気分は最高潮に高まっていた。


「尾張統一ばんざーい!」

「これでアニキ、いや、信長様がこの尾張の国主だ!」


 そんな声が、そこら中から聞こえてくる。

 すると、信長は立ち上がり、みんなの前に進み出る。


「お前ら! 今日はよくやってくれた! 最後の反対勢力、織田信賢を討伐したことで、もうこの尾張で俺に逆らう奴はいない! 今日は存分に飲んでくれ! 甘い物もたんと用意してある!」


 信長が手を叩くと、女中の女の子たちが、大皿に盛りつけた団子や松風、野イチゴや切り分けたスイカ、イチゴやスイカをハチミツで和えたものを次々運んでくる。


 信長軍の中枢を担う元舎弟の臣下たちは、その多くが信長と同じ十代の青少年だ。甘いお菓子には、強く食指が動いた。


 好物の松風に唾をのみ込みながら、慶次は食欲をぐっとこらえ、信長の横に並ぶ。


「では我が同胞たちよ。これより魔王様から今後の展望を拝聴しようではないか。魔王様、お願い致します」


 慶次がわざとらしくかしずくと、信長は自信に溢れた声で仲間たちに語り掛ける。


「今日、俺たちは尾張を統一した。だけど本当の敵は外にいる。この尾張を狙うのは身内ばかりじゃない。東の今川軍三万、北の斎藤軍二万が虎視眈々と侵攻の隙を伺っている」


 事実、この両家は父信秀の時代、幾度となく尾張へと侵攻してきた。その度に、信秀は両者を薙ぎ払ってきたのだ。


「ここ三か月おとなしかったのは、おそらく織田家が内輪もめで衰退したところを攻めて漁夫の利を狙おうという魂胆だろう」


 家臣たちはどよめき『じゃあすぐ攻めてくるのか?』『併せて五万てやばくね?』と囁き合うが、信長はドヤ顔で胸を張る。


「安心しろ、織田家は衰退するどころか、俺様の采配で信友や信賢、信勝の領地を頂きつつ、経済政策でむしろ国力と軍事力は増している。それに、対今川、対斎藤の策もある。まず北の斎藤軍に対しては、国境付近に小牧山城を築城。完成次第俺はそこに引っ越して、迅速な指揮を以って斎藤家に当たれるようにする」


 当時、前線基地を築いてもそこは家臣に任せ、国主は居城に引っ込むのが常だ。電話も列車もない時代、戦線で重大事件が起こると、前線基地から数日かけて国主のもとまで報せが行き、下した命令が前線基地まで届くのにはまた数日かかっていた。


「また、今川軍に対しては、新たな火薬兵器を随時開発中だ。そして築城と新兵器開発の費用を稼ぐための新しい経済政策として検地と楽市楽座というものを行う。お前らはこれまで通り、集団戦の練度を高めて欲しい。今日の槍ぶすまは見事だった。あの動きを、いつでもできるようになれば敵なしだ!」


 信長の演説に、家臣たちは嬉しそうに顔をほころばせ、誰もが聞き入る。そして、


「そして今川と斎藤を滅ぼし、首都京都へ上洛して天下を統一し、俺は乱世を終わらせ天下人になる! お前ら、最後までしっかりついてこいよ!」


 その言葉に、家臣たちはシンと静まり返る。すると、信長は眉根を寄せた。


「何馬鹿面下げてんだ? だって今川と斎藤滅ぼして連中の国を手にしても、今度はその隣国が攻めてくるだろ? じゃあ乱世を終わらせるには俺が天下人になるしかねえだろ? 四〇〇年前の源平合戦でも、最後は源氏が勝って乱世が終わった。それと同じだ。この二度目の乱世は、俺らが勝って、俺らが乱世を終わらせて、俺らの名を歴史に四〇〇年、いや、一〇〇〇年先まで刻むんだ!」


 信長が右手をかざすと、家臣たち青少年の目に、ぽうっと光が宿る。それを確認して、信長は話をしめくくる。


「俺が、お前らに天下を見せてやるよ」


 開いた指をゆっくりとまとめ、信長が拳を作れば、家臣たちは皆一斉に拳を突き上げ、歓声を送る。


 いまここにいる信長軍の多くは、織田家に仕える武家の子でも家を継げない次男や三男、信長の元舎弟の農民や町人の子、農民や町人だったが兵農分離のときに志願した若者の三種類に分けられる。


 皆が皆、それぞれの事情で、未来に希望なんて持てない青少年たちだった。


 武家の次男三男は、大人になれば長男の家来としてこき使われるはずが、いまでは実家の当主様だ。


 同じように、農家の次男三男も、大人になれば長男の小作人としてこき使われるはずだったし、町人の子らは大人たちから『お前みたいな不良の役立たずは将来ろくなもんにならない』と家に居場所がなかったが、いまでは鎧兜に身を包み、槍や刀を手に戦場で戦い恩賞を貰うお侍様だ。


 将来に絶望し、自分に失望し、人生を悲観し、何をすればいいのかわからない、進路の見えない青少年たちは、いま尾張統一という偉業を達成した充実感と、天下を統一するという夢で胸がいっぱいになり、涙を流しながら喜んでいた。


 こうして、祝勝会はおおいに盛り上がり、皆で幸せな時間を過ごした。だがこのとき、信長が『尾張統一』とは言っても『尾張の国主になった』とは言わなかったことに気づいた者は、ひとりもいなかった。

  

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