第20話 求人


 その頃、信勝本陣から離れた戦場では、利家と勝家による凄絶な一騎打ちが繰り広げられていた。


 信長の忠犬として知られる前田利家と、信勝軍最強、鬼柴田として知られる勝家の槍さばきは苛烈して豪胆。ふたりの織り成す白刃の軌跡が大気を引き裂き、飛び散る金属音には、虎や龍でもおののかざるを得ないだろう。


 周りの兵たちは戦を忘れ、ふたりの戦いに見入りながら自問した。


 忠犬か、鬼か。強いのはどっちだ?


 だが、その答えを知ることは叶わなかった。横槍を入れるようにして、信勝軍本陣から全軍撤退の法螺貝が鳴ったからだ。


 勝家は武人であるまえに、ひとりの将だ。如何に熱く滾る決闘であろうと、勝負を預けなければならない。


「悪いが退かせてもらおう」


 勝家がうしろへ大きく跳躍すると、利家も槍を納めた。


「いいわ。この決着は、いずれつけましょう」


 利家の返事を聞いてから、勝家は馬にまたがり家臣たちと共に撤退した。


 こうして稲生の戦いは、信長軍の圧勝に終わった。


 信勝側についた家臣の多くは討ち死に、もしくは切腹して果てた。そして生き残った者は、尾張最後の反信長勢力、信賢のもとへと逃げ込んだ。


 戦果はまたたくまに尾張中に轟き、大人たちは信長への評価をあらためざるを得ないだろう。そして、今日このことは、信長に多大過ぎる恩恵をもたらすことになった。


   ◆


 五日後の昼過ぎ。信長は新人登用の面接を行っていた。


 家督を継いで一か月で尾張半国を統一し、経済政策を成功させ、弟との家督争いにも勝利した信長の名声は、行商人を通じて諸国に知れ渡っていた。使えるべき主君を探す浪人たちが、興味を惹かれないわけがない。


 それに、関所を撤廃して交通費がかからないのならなおさらだ。清州城の門には、多くの浪人たちが集まり列を成している。関所撤廃政策には、こんなメリットもあったのだ。


「甲賀出身、滝川一益。特技は鉄砲術です」


 清州城の庭先で、若い男が自信満々に胸を張る。対する信長は縁側に座り、腕を組んでいた。ありのままの信長に仕えてくれる必要があるので、公の場ではつけている眼帯を外して、魔眼を見せつけながら面接を進める。


 ちなみにこの男、滝川一益は、前世では織田四天王と呼ばれる重臣だった。


 ――やっぱ今回も来てくれたな。でも一益って、人生やり直すたびに忍者だったりただの武士だったりするんだよなぁ。今世だとどっちなんだろ?


 一益の出身地である甲賀は、忍びの里で有名だ。


「鉄砲術かー、鉄砲隊に使えそうだな。他に何か得意なことは?」

「いえ、鉄砲以外には。もちろん武士ですので馬術なども」


 ――ふーん、どれどれぇ。おっ、すげぇ後光のデカさだな。それで査定結果は?


 魔眼の力で一益を査定すると、軒並み能力が高く、保有技能に《鉄砲術》とあるので、嘘は言っていない。ただし、加えて《隠密》技能があり、職能欄に《忍者、じゃないでござるよぉ、にんにん》と書いてある。


 ――は!? おい職能欄に台詞が書いている奴とかはじめて見たぞ!


 彼の、忍者と認めたくなさすぎる精神が反映されているのか、一益は個性的過ぎる査定結果だった。


「さ、採用、でいいぞ?」

「恐悦至極にございます」

「うん、次の人」


 一益が立ち去ると、信長は次の登用希望者を呼んだ。


「はい! 美濃国出身! 森! 可成! でございます!」


 背が高く、がっしりとした体格の男性だった。手には槍を持っている。


「拙者はこの通り! 槍さばきには自信があります! 必ずや殿のお役に立ってみせます! いりゃぁああ! でりゃあああ!」


 庭で叫びながら、いきなり槍を振り回しはじめる可成。信長はへの字口になる。


 ――相変わらず暑苦しい奴だな……まっ、そこがこいつらしんだけどな♪


 可成もまた、一益同様、前世では重臣だった人物である。懐かしい面々と再会できて、信長は内心喜んだ。


 ――後光も大きいし、査定結果も戦闘系の評価が高いな。人生やり直しても、攻めの三左は変わらずだな。


「お前、斎藤家が治める美濃から来たんだよな?」

「あぐっ!」


 可成は石化し、槍さばきにも冴えを失う。平成ならば、面接で落とされた就活生のようだ。いま織田家は、斎藤家と戦の真っ最中だ。よく考えてみれば、敵国から来た男を雇うはずがない。しかし可成は嘘が嫌いだった。経歴詐称なんてもっての他だ。


 可成は一瞬で走馬灯を見はじめる。主君を斎藤義龍に取り潰され、その家臣である自分も職を失い、妻と幼い子を連れ浪人(無職ホームレス)生活を続けてきた。


 だが、織田家当主、織田信長様が人材を求めていると聞き、藁にもすがる思いで可成はこのチャンス、この就活にすべてを賭けていた。


 可成の心中は、平成ならばリーマンショック直下で『一〇〇年に一度の不況』『就職氷河期』『内定取り消し当たり前』と言われた二〇一〇年度卒業生が、求人票に唯一残った最後の優良企業面接に落ちたぐらいの気持ちだろう。


 わかりやすく読者諸君にひとことで説明すると『自殺してもおかしくない』。


 可成は妄想を膨らませる。妻と幼い子は裏稼業の人間に買われ、自分は野たれ死ぬのだと。下唇を噛み、血の涙を滲ませた。けれど信長は、嬉しそうに笑い。


「斎藤家じゃなくて俺を選んでくれて嬉しいよ。じゃ、今日からよろしくな♪ はいこれ支度金。これで家族と就職祝いをしてくれよ」


 信長が歯を見せ、オトコの笑みを作ると、可成は血の涙を流した。


「ありがとうございます‼‼‼‼‼」

「おいおい泣くなよ。こっちが恥ずかしくなるだろ。えーっと次の人は……」


 利家が声をかけてきたのは、ちょうどそのときだった。


「ノブー、勝姉が来たわよ」

「おー、じゃああと半刻(一時間)で終わるから、待っててもらってくれ」


 その報告に、信長はバイト先に後輩が訪ねてきたときの男子高校生くらい気安い声で返事を返した。

   

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