第18話 リアル戦場無双

「な、なんだこれはぁあああああああああああああ!?」


 結果から言えば、信長軍の圧勝だった。

 信勝軍は、見るも無残に蹴散らされていく。


 本物の武士たちが、少数のゴロツキたちに敗れ、敗走する様は、悪夢としか言えない。


 今更だが、信長はこれまで親戚たちとの戦いで連勝を続けていた。それは何故か、理由は単純、信長軍は強いのだ。信勝軍を遥かに凌駕する。


 理由は三つ。まずは舎弟を含む、職業軍人の存在だ。



 この時代、兵の半分以上は農民からの徴兵だ。普段はクワで畑を耕している農家のおっちゃんに、槍を持たせて戦えと言っているのだ。


 無論、この時代は徴兵など珍しくないので、平成の農家とは比べられないが、武士よりも兵としての質が劣ることはいなめない。


 対する信長は徴兵制度を廃止。兵士は全員武士と、農民や町人の志願者を給料で雇った職業軍人だ。彼らは常日頃から軍事訓練に明け暮れ、農民兵より遥かに高い質を誇った。



 ふたつ目は、三間半柄の槍の存在だ。


 とあるテレビの実験で、三間半柄の槍を振り下ろすと、その威力は十枚の瓦を割るほどだと証明されている。


 そんなものを頭に食らえば、鎧兜の強度なんて関係ない。首の骨は折れ、肩に当たれば肩の骨が砕ける。


 それに、当時の槍の柄は竹でできており、よくしなり、運動エネルギーをため込む性質がある。

 横に薙げば、その衝撃は鎧の上からでも敵の肋骨を折ることが可能だ。

 事実、当時の文献にも、槍は突くものではなく叩くものだとある。


 もちろん、長くて使いにくい槍が相手に当たるはずもないが、集団戦ならば話は別だ。



 そう、三つ目の理由は、統率された集団戦を可能とする、軍事訓練だ。


 実はこの時代、大勢での軍事訓練というものはほとんどなかった。

 農民兵は日頃畑の世話をしているし、武士はそれぞれの家庭で武芸を磨いている。

 家臣たちを全員集めて統率された集団戦の訓練は、年に数える程度だ。

 だが信長は、前線で戦う歩兵たちを城下町に住まわせ、日々集団戦の訓練を行っていた。


 そしてこの時代、まだ集団戦法は未発達であった。先ほどの信勝のように、ただどこの隊は突撃と言って、その隊の兵が勝手に個人戦をはじめるのが常だ。


 でも信長軍は違った。部隊ごとに横一列に並ぶと、


「上げ!」

 指揮官の一言で、部隊全員の槍が一斉に上がり、


「下げ!」

 敵が近づいてきたところで、一斉に槍を振り下ろして、敵兵を叩き潰した。


 同じように、どこの隊も指揮官の指示に合わせて、一糸乱れぬ動きで敵を突き、叩き、薙ぎ払う。


 それは、まるで戦場に召喚された巨人の槍だった。


 ばらばらと散り散りに攻めてくる信勝軍は、手拭の一振りで潰されるコバエも同然。


 この戦いは一二〇〇対二五〇〇ではない。一二〇〇対ひとりとひとりとひとりと――だ。


 一致団結、一丸となって、この言葉を、ここまで体現した軍は、この時代にはまだない。


 一対一の決闘なら、なるほど、武士らしい教養を身に着けた信勝軍の兵が上かもしれない。だが『集体戦』においては、信長軍こそが天下無双なのだ。


 信長は経済政策の達人ではあるが、中世時代の日本に、真の集団戦法を実現した人物だった。

 だがそれも、戦のあるなしに拘わらず給料を払わなければならない職業軍人がいればこそ。それだけの人件費の捻出ができたのは、ひとえに信長の経済手腕あってのものだ。


 信勝軍の槍が届かない距離から一方的に、集団的に槍撃を繰り出す信長軍に、信勝軍の前衛は総崩れとなる。


 だが、信長軍のからくりを見破った信勝は、すぐに命令を飛ばす。


「農民兵たちを下がらせろ! 武家の者だけで密集陣形を取り全身させろ!」


 兵ひとりひとりの質は、正当な武家の教育を受けている自分の家臣のほうが上。槍の長さ程度は補える。信勝はそう思ったのかもしれない。だが、信長は口を開き、


「鉄砲隊、前へ、合図と同時に、休まず撃ち続けろ」


 信長の指示通り、鉄砲隊が前に出る。そのあいだにも、信勝軍から七〇〇人の武士が密集陣形で距離を詰めてくる。そして二〇間(三六メートル)の距離まで敵が近づくと。


「放てぇええええええええええ!」


 信長の一言で地獄が作り出され、信勝は再び驚愕の悲鳴をあげた。


 信勝軍七〇〇は、そのことごとくが鉛の嵐に抱き殺され、血飛沫の海におぼれ死んでいく。火縄銃は一発撃つのに三〇秒もかかる欠陥兵器、それがこの時代の認識だ。


 なのに、信長の鉄砲隊は『連射』と表現できる鉛の暴力を以って弾幕を作り、信勝配下の武士たちを瞬く間に壊滅させてしまう。生き残った武士は三々五々散り散りに逃げて、逃げながら背中を撃ち殺され、草原に自らの血を吸わせる結果となる。


 その光景に、信長は悪魔的な笑みを浮かべて、満足そうに息を吐く。


「重畳重畳♪ 長篠で武田騎馬軍団を破ったときのことを思い出すぜ」


 火縄銃は、一発撃つのに三〇秒かかる。


 まず銃口から火薬を入れて棒で突き固め、それから鉛弾を入れて棒で押し込む装填作業。


 火の点いた縄を挟めた撃鉄を上げ、火蓋を開け、火皿に火薬を入れる着火準備。


 だが、信長は今世では、薄い油紙の筒に固めた火薬と鉛弾を入れ、平成の薬莢のようなものを作った。これで、装填作業は一度に済む。


 続いて、前述の通り大量に仕入れた火打石を撃鉄に取り付け、撃鉄がバネで勢いよく落ちると摩擦で火花を散らせ、弾薬に着火するようにした。


 火縄銃(マッチロック)ではなく火打石銃(フリントロック)の開発だ。しかし火打石銃は摩擦の衝撃で銃口がブレ、命中精度が落ちる。しかし信長は、『上から下に落ちるから上下にブレるんだろ。


 じゃあ撃鉄が奥から手前に動けばブレは前後になるし銃床は肩につけて固定しているからブレ幅も最小限になる』と言って実行。見事、火打石銃の欠点を補い、火縄銃の上位互換を作り出した。


 結果、五〇〇人の鉄砲隊は六倍の連射性で、事実上は長篠と同じ三〇〇〇挺の鉄砲隊並の暴力性を持つに至る。


 加えて、音に敏感な馬は発砲音に弱い。信勝軍の軍馬は混乱し、勝家以外の騎馬武者は全員落馬。運の悪い者は馬に踏みつけられたり、馬が逃げ出してしまった。


 信勝軍の前衛部隊と騎馬隊は壊滅。倍の兵力差は、瞬く間に同数となる。


「よし、敵軍は総崩れだ。ワンコは中央を攻めてくれ、俺は右翼から敵本陣を目指す」


 言って、信長は馬の腹を蹴り、単騎で本陣から飛び出した。だが誰も止めず、利家は五〇〇人の舎弟たちを引き連れて走り出す。

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