第17話 新兵器実験場

 信勝たちが信長討伐を決意した五日後。利家と一緒に自室で仕事をする信長は、ソロバンを弾きながら笑いが止まらなかった。


「はーはっはっはっはっ♪ 反抗的な豪族や公家連中の土地は全部俺の直轄地であいつらの収入は今日から俺のもんだ!」


 当時の大名は、所領のうち、本当の意味で大名個人のものと言える土地は全体の二割程度だった。残りは家臣に分け与えたり、豪族や公家など有力者たちのものだった。


 しかし、領内の豪族や公家を領地召し上げお家取り潰しに処したため、信長は自分の所領をすべて、信長軍だけで独占したことになる。


「それに徴兵や関所がなくなったことで領民たちの生活は楽になったし、感謝の手紙や貢物がどんどん届いているわ」


 ぎこちなくはあるが、ソロバンを使って収入状況をまとめる利家も、明るく笑って信長の肩を叩く。


「反抗勢力を一掃して、軍資金を稼いで、領民の支持まで得るなんて凄いじゃない」

「まぁな」


 信長のドヤ顔で胸を張る。


 ――前世でもやったことを強化して、徹底しているだけなんだけどな。前世の俺は青かったなぁ。関所は撤廃したけど、小領主たちはそのままにして、むしろ平和的に説得とかマジで時間かかったわ。


「それに、秀吉が昔の行商人仲間たちに関所撤廃の情報を流してくれたから、他の領からいままで以上に商人たちが流れ込んで町も活気づいているみたいよ♪」

「よしよし。あとはこの清州城の城下町の整備が終わったら楽市楽座で――」

「信長様!」


 信長の上機嫌な声を遮ったのは、秀吉の悲鳴に近い叫びだった。


 部屋の障子を勢いよく開け、前回り受け身を取りながら転がり込んでくると、その場に膝を折りながら声を張り上げる。


「弟、信勝様謀反! 北の信賢様の援軍と合わせ、二五〇〇の兵でこちらに侵攻中! 明日にはこちらへ到着するのみゃ!」

「ちっ、とうとう挙兵しやがったか。まぁいい、想定の範囲内だ。是非もない」


 あまりに冷静な信長に、利家と秀吉はきょとんとする。


 ――信勝の野郎、一〇〇〇度の人生で必ず裏切っているからな。記憶を継承しているのは今世がはじめてだけど、飽きてきた気分だぜ。


「すぐにみんなを集めろ。明日の朝、信勝を片付ける。あと、今回は鉄砲隊を出す。改造した火縄銃の良い実験になるだろう」


 弟の謀反を実験場扱い。信長の不自然なまでの余裕に、利家と秀吉は顔を見合わせた。


   ◆


 次の日の朝。稲生(いのう)の地にて、信長軍と信勝軍は対峙した。

 一陣の風が吹き抜ける草原で対峙する両軍の兵力差は歴然だった。


 織田信勝と家老柴田勝家率いる軍は二五〇〇。対する信長軍はわずか一二〇〇だ。


 領内の豪族や公家との連戦で、死者こそ出さずに済んだが、少なくない負傷者が出たのが痛かった。


 馬上から、自軍の半分にも満たない信長軍を眺め、信勝は口元に醜い笑みを広げた。


「見ろよ勝家、あれがアイツの軍か。ずいぶんと貧弱だな」

「はい。それも、多くが町の傾奇者(不良)上がりのゴロツキと判断します」


 同じく馬上から信長軍を見分していた家老の勝家が頷くと、信勝は勝利を確信しながら自軍の将兵たちを眺めた。


 その誰もが織田家臣団の家の当主、または次期当主である嫡男だ。武士の習いに忠実な甲冑に身を包み、信勝の価値観に照らし合わせて、下品な格好の兵はひとりもいない。


 対する信長軍は、平成で言うところの改造制服よろしく、誰もが鎧を勝手に改造したり落書きをしたり、無駄な羽織や装飾品を身に着けたりしている。


 しかも、槍が不自然に長い。この時代、平均的な槍の長さは二間半(4・5メートル)だが、信長の軍は一間伸ばし三間半(6・3メートル)の槍を使用していた。


 そんなに長くては使いにくくて仕方ない。見た目が派手なら良いという、下品な装備だと、信勝は鼻で笑った。そのうえ、弓兵が少なく、鉄砲兵が多い。実用性を考えず、一発撃つのに三〇秒もかかる欠陥兵器ばかりそろえて喜ぶ新しい物好き。あんな軍に負けた親戚連中はよほど無能に違いない、と信勝はため息をついた。


「よし、では行くぞ! 第一陣二陣は突撃せよ! 無能の兄の軍を蹴散らしてこい!」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 先に仕掛けたのは信勝軍だった。二五〇〇人の軍勢のうち、実に一〇〇〇人が一斉に駆け出し、少数の信長軍に襲い掛かかる。信長軍は、一斉に長すぎる槍を構えた。

  

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