第12話 弟の不満
信長の弟信勝が、馬に乗った信長たちを見つけたのは夕刻直前だった。
織田信勝。信長の実の弟であり、同じく正室の子なので、家督相続権は第二位と言える。
僅かに夕日の差す街道を馬で駆ける姿に、信勝は醜く顔を歪めた。
「アイツはまた卑しい連中と逢引か。オレが叔父上たちと評定をしているときに呑気な」
卑しい連中とは、中流武家で傾奇者の利家と慶次、それに農民出身の秀吉のことだ。
信勝の横に控える大柄な女性、柴田勝家も頷いた。
「まったくですな。先代信秀様はなぜあのような男を。次男とはいえ、信勝様のほうが」
勝家は悔しそうな顔で、信勝に視線を送る。勝家は、代々織田家に仕える重臣中の重臣だ。しかし勝家は幼い頃から信勝の家臣で、信勝を次期当主にしたかった。
そして、そう考えるのは勝家だけではない。
信勝は恨めしげな顔で舌打ちをした。
「ズルいんだよアイツは。幼い頃から家臣や町のガキ共と遊び回って無教養。武士の嗜みも品格もないうつけ者のくせに長男っていうだけで当主なんておかしいだろ! なんで真面目にコツコツやってきたオレがあいつの風下に立たされなきゃいけないんだよ!」
戦国時代、当主の兄弟は大人になれば『家臣』という扱いだった。信勝からすれば、すべてにおいて自分より劣る兄を『主様』と仰がなければならないのは屈辱だった。
「お怒りはごもっとも。ですがご安心を。自分はもとより、多くの家臣、織田家の方々は信勝様を支持しております。それは、アレを見れば一目瞭然」
信勝と勝家。ふたりの視線の先で、信長は家臣の青年たちと合流。そのまま連れだって城へ向かいはじめた。その青年たちの格好は、いずれも派手で奇天烈。いわゆる傾奇者だ。傾奇者とは型破りな格好や言動で人々の度肝を抜く者のことだ。良く言えばオシャレ好きで自由人のナイスガイ、悪く言うとただの不良やヤンキーにあたる。
朱鞘を挿す信長の舎弟は、全員赤い何かを身に着けているので、日本初のカラーギャングだろう。
信長軍は『品がない』とよく言われる。そして注目すべきは、
「御覧ください信勝様。誰もかれも家臣の二男や三男以下。家を継げない半端者です」
鼻で笑って、信勝は機嫌を直す。
「はん、当たり前だ。後継ぎである嫡男は、みんなこのオレの家臣になっているからな」
事実、丹羽長秀は二男だし、前田利家に至っては四男(男扱い)だ。
大事な嫡男を信長の家臣にしたくない。それが織田家中の者たちの本音だった。
信長から視線を外し、信勝は居城である末森城を目指した。その頭のなかでは、織田家を乗っ取る策をちゃくちゃくと練っていた。
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