第6話 ステータス画面
しばらくすると、戦場となった清州城内の片付けもひと段落ついた。信長は三馬鹿たち恒興、信盛、新しいメガネをかけた長秀と一緒に発注書作りに勤しんでいた。
清州城の主が変わったと知らしめるべく、清州城を改築しつつ城下町も拡大するので、ほうぼうの商人に物資を発注するのだ。また、織田家の大工集団への命令書も忘れない。とはいえ、町の開発計画書はあらかじめ作っていたので、すぐに終わる。
「でもアニキすげぇよな。オヤジさんが死んで一か月で尾張半国の主になるとか普通じゃねぇぜ」
書類の整理をしていた恒興の言うことを補足するべく、信長の現状を説明しよう。
この頃の信長は、死んだ父の後を継ぎ、織田家当主となっていた。だが出身尾張国の国主ではない。どういうことか。単純に言えば、織田家はひとつではない、ということだ。
尾張国内には遠い親戚の織田家がたくさんいて、それぞれが尾張を分割統治している。
信長の父である信秀はヤリ手のデキる男だったため、親戚の多くは渋々従っていた。
しかし、信秀が死に、うつけの天魔として知られる息子信長の代になると、親戚連中は尾張国内で独立割拠群雄割拠。尾張国内はプチ戦国時代に突入してしまった。しかも、どの織田家もまず最初に信長を潰そうと攻めてきた。
この頃の信長は、天下統一の前に、尾張統一のための戦に明け暮れていたのだ。けれど、
「信長様の采配のおかげで戦は連戦連勝。戦えば戦うほど支配領地が増えて、もう尾張の南半分は手にしましたからね」
長秀がメガネの位置を直しながらそう言うと、信盛が調子に乗って続く。
「偉そうな顔したおっさんたちが俺らに負けたときの顔は最高だったよな。ガキガキって馬鹿にしてきたむくいだぜ♫ この調子なら東の今川や北の斎藤も楽勝じゃね?」
佐久間信盛が『魔王の力は伊達じゃないよな』と褒めると、信長は『まぁな』と真紅の右目を見せつけた。
その瞳を三馬鹿は『カッコいいな』と羨ましそうに見つめてくる。
左右で目の色が違うオッドアイ。それを大人たちは不吉の証として、信長を仏法の敵である第六天魔王、天魔と呼び、信長は幼い頃から忌子として蔑まれてきた。
だが、十代の少年たちにとってその赤き魔眼は、羨望のまとだった。
――実際、俺が勝てるのってこの魔眼のおかげでだしな。
赤い右目の魔眼に意識を集中すると、三人の体から、強烈な光がほとばしって見える。
後光、と呼んでいるそれは、どうやら才能のある人ほど大きく見えるようだ。
さらに意識を集中すると、不思議なものが頭のなかに浮かぶ。平成に例えると、ゲームのステータス画面と言えばわかりやすい。
査定結果、という文字の下に、武力や知力という単語があり、その横にEやDなどの南蛮文字が見える。
最初は意味不明だったが、雑兵の武力は軒並みEで腕自慢はD、名の知れた武将はCと表記されている。そのことからEDCBAの順に評価が高いことがわかった。
おまけに個人の怪我の具合、残り生命力までわかるので、信長軍は適材適所の人材配置に、消耗の激しい兵や部隊を後方へ下がらせることが可能だ。
前世の記憶に魔眼。このふたつの力で、信長軍は連戦連勝と被害軽微を実現している。
――その代わり……喧嘩も売られまくるけどな……。
事実、親戚たちが反旗を翻す大義名分は、不吉な天魔が当主になれば織田家は末代まで祟られる、だ。
――それに、尾張国内での戦が連戦連勝でも、安心できない。
観測者は、逆境を用意すると言っていた。その逆境とは、
――何せ、上杉謙信、武田信玄、毛利元就、北条氏康たちが同年代だからな。
そうなのだ。
人生をやり直すごとに、人々の性別、年齢、来歴は変わるため、千度の人生でも、過去の名将が同年代で生まれているときはあった。
だが、今回は各家を代表する名将たちが、ほぼ全員同年代で生まれている。
直接対決の前に老齢で死去など望めない。
すべての英傑たちの、全盛期に勝たなくては天下を統一できないのだ。
――まぁ、連中と戦うための準備はがっつりしているんだけどな。
信長の頬に、怪しい笑みが浮かぶ。いくら前世の記憶を継承していると言っても、権力のない子供時代にできることなど何もない……わけではなかった。
元から尾張一のガキ大将で、家督を継ぐと舎弟たちを家臣にした信長だが、今世は規模が違う。若い体で童心に返って遊びつつ、尾張中の村や町を周り、地元のガキ大将とタイマンを張り勝利。尾張中に舎弟を増やし、未来の家臣候補を作った。
さらに、火薬の主成分である硝石の採れる土、硝石丘も培養した。これは戦国時代末期に発明される方法だが、前世の記憶を持つ信長には造作もない。
そして火縄銃を改造するために、水戸から火打石を千個仕入れた。
――しかも水飴生産と養蜂に力を入れ、幼い頃から桃栗柿の木を植えまくったぞ♪
一説には、信長は下戸で甘党だったと言われている……。
――ふふ。言っておくが甘い物はガキ共を手なずけるのにも有効な品だしハチミツは献上品にうってつけだ。これもすべては天下取りのため。って、俺は誰に言い訳してんだ?
とにかく、尾張統一は天下統一への足掛かりにでしかない。東の今川、北の斎藤に勝つには、この清州城を利用して、楽市楽座とかの経済政策を成功させないとな。
「よし終わった。じゃあお前ら、城下町の商業区建設は任せたぞ」
書類を片付けると、信長は大浴場の様子を見に立ち上がった。
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