第5話 邪気眼の前田慶次
「まぁ確かに胸は横綱級だよな」
「はぅんッ!」
信長の両手が、利家の豊乳を下から持ち上げるようにして揉みしだき、こねくり回す。
両手にのしかかる、ずっしりとした重みに幸せを感じながら、信長は利家の豊乳を堪能する。全体としてはあくまでやわらかく、それでいて、元の形に戻ろうとする見えない力が信長の指に抵抗してくる。
――着物の上から揉んでこんなにも気持ち良いなら、ナマで揉んだらどうなるんだろう。
と、軽く感動すら覚えてしまう。前世で知っているが、今世は今世でまた別だ。
「ワンコ、今年の測定で女体三位寸法、胸囲いくつだっけ?」
吐息で耳元をくすぐられながら、利家はもうろうとする意識のなか漏らす。
「ふぇ……さ、三尺四寸……」
周りには聞こえない囁き声で会話するふたりは、まるで睦言を交わす男女のようだった。
「下乳周りとの差は?」
「一尺弱……」
「そうなると、い、ろ、は、に、ほ、へ、と、ち、り、ほほお。乳量等級り級か。尻は?」
「えぇっと、お尻は三尺と、って言わせるなぁ!」
利家が怒鳴ると、信長の指が深く沈み込んだ。
「ッ……んっ、ノブの、バカぁ……」
やや前かがみになりながら、利家は頬を上気させて口では抵抗するも、腕はぎゅっと折りたたんだまま、動かそうとしない。身をよじって恥ずかしがる利家の艶姿に、信長配下の青少年たちは――。
「……なんでだろうな。利家って美人で乳も尻も馬鹿でかいのに……」
「……おう、何故か色気を感じないんだよな……」
仏像のように悟りを開いた顔でそう言った。
すると白目を剝いたまま、恒興、信盛、新しいメガネをかけた長秀が、
「そりゃ爆乳でも中身が虎だからな」瀕死。
「そりゃ爆尻でも中身が獅子だしな」重症。
「そりゃむっつりスケベでも中身が龍ですからね」半死。
利家の回し蹴りが、三人の顔面をまとめて蹴り飛ばした。長秀のメガネは割れた。
三人は、もう痙攣もしなかった。秀吉は衛生兵ではなく、お寺に連絡をいれた。
一方、信長は幼馴染の成長ぶりに胸を躍らせながら、思い出したように言う。
「そういえば清州城って入浴設備あったよな。慶次!」
「我! しょぉおおおおおおかぁああああああああん!」
信長がその名を呼ぶと、舎弟たちのなかから妙にテンションの高い声があがり、右目に眼帯をした少女が飛び出してきた。
「フッ、我が魂の名を呼ばれましたな、至高の御大よ。魔王の眷属にして天下御免の傾奇者! 前田慶次! 契約に従い汝の望みを叶えん!」
髪の両端を縛ったツーサイドアップ頭に金や赤の髪飾りを挿しまくり、着物は虎皮、極端に短い袴はヒョウ柄で、ひざ上まで伸びた長い足袋との隙間から大胆にふとももを見せている。着物も前を開け、深くて奥行たっぷりの胸の谷間が丸見えだ。
ド派手な格好や奇抜な言動で人々を驚かせる、傾奇者揃いの信長軍にあっても、なお異才を放つ格好の少女に、利家が肩を落とす。
「利益……あんた何やってんの?」
「おぉっと! 我を利益などと呼ぶのはやめてもらおうか! 我が魂に刻印されし真名は慶次! それだけは間違えないでいただこうかオバサン!」
「誰がオバサンよ!」
利家が慶次の右目から眼帯をもぎ取ろうとすると、慶次は抵抗しながら悲鳴を上げる。
「やめろぉおおおお! 眼帯を失い右目の封印が解けると、ええっとあれだ世界が滅ぶ!」
「んなわけないでしょ! ったく!」
必死の抵抗むなしく眼帯を奪われてしまい、慶次は涙目になる。
「あぅああぁあ……それ取っちゃだめぇっ、やぁだっ、お姉ちゃんのいじわるぅ」
お姉ちゃんと呼ばれた利家は、ため息交じりに眼帯を返してやる。眼帯を返してもらった慶次は、熱さがのど元を過ぎたらしく小声で、
「あたしの父さんの妹だから叔母さんのくせに」
利家の瞳に殺意が宿ると、慶次は冷や水をかけられた猫のようにビクリと肩を跳ね上げ、信長のうしろに隠れた。
「あ、こら利益、ノブのうしろに隠れるんじゃないわよ! 迷惑でしょ!」
利家が、生意気な妹を注意する姉のような口調で叱るも、慶次は舌を突き出す。
「べーだ。あたしは魔王様の眷属だから定期的にこうして魔力を補充しないとダメなんだもんねっ。魔王様ぁ、右目見せてぇ」
猫なで声をあげる慶次の豹変ぶりに苦笑しながら、信長は赤い右目で慶次を見つめる。
すると、左右で色の違う信長の瞳に、慶次はぽ~っとする。
「かっこいぃ……」
と、完全に見惚れ、我を失う慶次。彼女のご機嫌を取ったところで、信長は一言。
「それより慶次。利家を風呂に入れてやりたいから、お湯の準備を頼む」
「お姉ちゃんを……」
たったいま、意地悪をされたばかりなので、慶次はちょっと面白くないらしい。信長から離れると、重い足取りで、渋々入浴設備へと向かった。
でも信長は見逃さない。遠ざかっていく背筋が途端にシャキッと伸びて、ウキウキと駆け足になるのを。
また何か、よくないことでも企んでいるのだろうと思いながら、信長は放っておいた。
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