第4話 横綱級のおっぱい


 織田信友を倒し、清州城を手に入れた信長軍は、戦後処理に追われていた。


 手に入れた清州城の庭で、手の空いている者たちがけが人を運んだり、治療をするなか、信長は足軽で草履取り(下っ端)の少女、秀吉から戦果報告を受けていた。


 秀吉とは小柄で童顔、おまけにツルペタで、利家とは対極に位置する少女だ。農民の出身だが、彼女は過去千度の生涯すべてで信長に仕え、立身出世を成してきた人物である。


 今世でも役に立ってもらおうと、秀吉が士官してくると、信長は快く採用したのだ。


 その秀吉は帳面を見下ろしながら、最初は明るい声を出すものの……。


「敵の死者、三〇四名。我がほうの死者、なしだみゃ♪ 負傷者一一六名。そして……利家による重傷者、六五名……」


 ずぅん、と肩を落とした秀吉が首を回す。


 清州城の庭には、三馬鹿を含める男子たちが山と積まれ、まさに死屍累々の地獄絵図だった。長秀のメガネは割れていた。


 そのすぐ近くで、利家はそっぽを向いて拗ねる。


「ふんだっ。自業自得よ!」


 すっかりおかんむりの利家へにじり寄り、秀吉は猥褻罪で首をはねられても弁護の余地がないほど卑猥な顔で舌なめずりをする。


「いやでも刃傷沙汰の罰として全裸刑になるべきだみゃ、刑の執行はウチが! ぐげっ!」


 秀吉の脇腹を殴り飛ばしつつ、信長は利家の肩に手を置き呆れ交じりに笑った。


「まぁまぁそう怒るなよ。あと論功行賞だけどな、今日の武功一番(MVP)はお前だ。報酬はいつもより多めにしとくからな」


 武功一番、という単語に、周囲で働いていた仲間たちが歓声をあげ、一部の者は笑顔で悔しがる。『まぁ利家なら仕方ないか』『でも次の武功一番は俺だ』という声があがる。


「ん、どうしたワンコ?」


 信長の言葉に、利家も驚いているようだが少しおかしい。頬を赤くして、両手の指を絡ませ、もじもじしている。


「お金より、別なのがいい……」


 絞り出すような声だった。ちらちらと、信長の様子をうかがう利家は、普段とのギャップも相まって、筆舌に尽くしがたい可愛さがあった。


 信長も、利家の気持ちは知っているので、目いっぱい甘やかしたくなる。


「じゃあこの清州城に一部屋やるよ」

「へ!?」


 利家の目が丸く固まり、上ずった声をあげる。


「清州は尾張の都だからな、俺は今日からここに住むよ。んで、その新居を手にできたのもワンコのおかげだからな。家族から離れてここで暮らせとは言わないけど、お前専用の部屋だ、好きに泊まれよ。もちろん、場所は俺の部屋の近くな」


 当時、居城を変えるという考え方はなく、新しい城を手に入れると家臣に任せるのが普通だった。より重要な拠点に当主自らが移り住むという発想は、信長が最初だった。と、いうわけで皆は驚くが、利家にそんな余裕はない。


 信長が歯を見せて笑うと、利家は鼻の奥に血の匂いが充満するのを感じた。別室なのに、なんだかこの清州城が信長との愛の巣に思えてしまったようだ。


 周囲からは『城に一部屋貰えるなんてすげぇ』と賞賛の声が湧く。そして、死体の山から三馬鹿が這い出した。恒興、信盛、別のメガネをした長秀は頭から血を流しながら、


「流石は織田家中の美男子番付、三年連続横綱の利家だぜ!」

「流石は織田家中の女を泣かせていそうな男番付、三年連続横綱の利家だな!」

「流石は織田家中の抱かれたい男番付、三年連続横綱の利家ですね!」


 利家の拳が、一息で三人の顔面を打ち抜いた。長秀のメガネは割れた。断っておくが、この三人はいずれも将来、織田四天王やそれに準ずる重臣となる偉人である。


 だが、ぴくぴくと手足を痙攣させる三人を見下ろす利家の瞳は、死神のように冷えていた。ちなみに、日本人のランキング好きは民族性であり、江戸時代には観光地、グルメ、役者の人気などあらゆる番付表が作られ、書籍にもなっている。ただし相撲の番付表が元になっており、一位二位ではなく、上から順に横綱、大関などと書かれた。また、信長は大の相撲好きで、現代式の相撲を考案したり、何度も相撲興行を行い、相撲の普及に努めている。織田家に番付が浸透していても、不自然ではない。


 ただ、その番付表の犠牲になっている利家は不機嫌極まりなかった。

 そのとき、利家のうしろからわきの下を通り、にょっきりと腕が伸びる。


「まぁ確かに胸は横綱級だよな」

「はぅんッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る