第3話 100人までならタイマンよ!


 比較的背の高い信長が目を凝らすと、確かに左翼から新たな部隊が迫っていた。数はおよそ二〇〇人。一個中隊規模だろう。


 ――まずいな、いまあっちは手薄のはずだ。誰か救援に向かわせないと。


 信長がそう思ったときには、もうひとりの女武者が動いていた。


 彼女の名前は前田利家。並の男子よりも背が高く、軍神のように凛々しい眉と武神のように凛々しい目と戦神のように凛々しい声音と闘神のように凛々しい佇まいの少女だ。


 スイカ大の豊乳を持つ美少女なのだが、色気は少しも感じられない。信長の幼馴染で、幼名が犬千代であることから、信長はワンコと呼んでいる。


 信長軍最強を自負する利家は、左翼へと馬を走らせると、槍を手に勢いよく飛び降り、短時間で救援に駆け付ける。


「ここはあたしが食い止める! ケガ人は後退しなさい!」

「恩にきます姐さん!」

「ここは頼みます!」


 すでに消耗しきっている味方を退かせると、利家は砂誇りを蹴立てる軍勢の前に、たったひとりで立ちはだかる。


「さぁ来なさい! あたしの名前は槍の又左こと前田又左衛門利家! ノブと共に駆けた戦場は数知れず! 槍一本で死線をくぐり抜け全身に傷跡を刻んでも背中には一切の逃げ傷なし! この首を取り武門の誉れにするがいいわ!」


 お、漢らしぃッッ‼‼


 この瞬間、敵味方を問わず、全男子の気持ちがひとつになった。


「この人数差で挑む心意気やよし! だがお嬢ちゃん、おじさんたち、強いぜ?」


 敵中隊長と思しき男が槍を構えると、利家は精悍な表情で笑う。


「ふっ、このあたしにタイマン勝負を挑むあんたらのほうが、いい度胸してるわよ」

「いや俺ら二〇〇人いるからな! タイマンて一対一のことだぞ! お前言葉の意味わかっているか!?」

「ナメないで欲しいわね! あたしぐらいにもなれば、一〇〇人まではタイマンよ!」


 この瞬間、一部の兵は乙女心に目覚め、利家に抱かれたくなった。


「いやだから俺ら二〇〇人だっつってんだろ!」

「そうかしら?」


 立ち止まっている軍勢に、利家はつかつかと歩み寄ると、鷹揚に槍を掲げて、


「噴ッ!」


 槍の一振りで、男五人の体がぶっ飛んだ。ある者は首が千切れ、ある者は胴体をくの字にへし折り、二度と動かない。


 一瞬の出来事に、味方の血飛沫を浴びた連中の理解は、数秒遅れでついてきた。


『……ッ、ぎゃああああああ! バケモンだぁああああああ!』


 中隊の半分以上は、三々五々散っていく。残ったのは、一〇〇人もいないだろう。


「どうやら、男は一〇〇人もいないみたいね」


 利家が歯を見せてニヤリと笑うと、敵中隊の全兵士が青ざめた。


「じゃあいくわよ! 信長軍最高戦力! 前田又左衛門利家! 推して参る!」


 が、槍を構え、利家が一歩を踏み出した直後のことだ。なんと敵中隊の後続部隊である、騎兵五〇騎が姿を見せた。馬に乗った騎兵のスピード、パワー、突撃力は、歩兵の比ではない。それでも利家は、


「ふっ……上等よゴルァ!」


 狂犬のような咆哮をあげた。


 前田利家ⅤS歩兵九三人+騎兵五〇騎 開戦。

 それから四半刻(三〇分)後。戦況は信長軍有利のまま敵を清州城へと押し込んでいた。


 ――よし、中央は俺がいなくても大丈夫そうだな。ワンコの様子を見に行くか。


 中央を舎弟たちに任せ、信長は利家のいる左翼へと向かった。


「ワンコ、そっちはだいじょう、ぶ、か?」


 そのとき、信長が目にしたのは……。


「ふんがぁあああああああああああ!」


 顔を真っ赤にして、鼻息を荒くしながら、騎兵を馬ごと叩き潰す女子の姿だった。

 その声、息遣いは、花も恥じらう乙女がしていいものではない。


「おんどりゃあああああああああ!」


 利家渾身の一撃が、馬ごと敵の鎧を貫通。また一騎が地に崩れ落ちた。


「ああノブ! いいところに来たわ! ずえりゃああああああ! 早く援軍ちょうだい! ふんどぅるばぁあああああああああ! あたしの女子力がなくなる前に早く! ぐっ!」


 七騎の屈強な騎兵が、利家目がけて同時に槍を振り下ろした。利家は、それを槍一本で受け止め、拮抗する。


「ふぅううううぬぉおぉおおおおおおおおおおお‼」


 歯を食いしばり、眉間にしわを寄せながら唸る利家に、信長は一瞬言葉が出なかった。そして、信長についてきた三馬鹿が先に口を開いた。


「え? 利家って減るだけ女子力あったっけ?」

「ないない。ありもしないもんは減りようがない」

「零から数は引けない、単純な算術ですね」


 恒興、信盛、長秀が、同時に腹を抱えて笑った。釣られて、他の兵士たちも笑う。

 その瞬間……利家の額に青筋が浮かんだ。

  

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