第2話 戦国の邪気眼軍団


 戦国時代の日本。尾張の国。平成ならば、愛知県西部にあたる地を治める一族、織田家に、ひとりの男子が生まれた。


 その赤子は真紅の右目を持ち、幼い頃から子供とは思えぬ言動を取り、親戚たちは不吉の子、仏法の怨敵である第六天魔王、天魔と呼び蔑んだ。


 幼くして眼帯で右目を隠し、やがて成長するにつれ、傾奇者(ヤンキー)たちとつるみ、およそ武家の男子には相応しくない奇行を繰り返しはじめた。


 それは十二歳に元服し、名前を信長と改めても変わらなかった。


 ときに、信長の行った奇行だが、それは……。


 尾張中の村や町のガキ大将にタイマン勝負をしかけて勝利。尾張中に舎弟を作る。

 (利ではなく義で動く私兵隊の創設)


 特定の草、糞尿を土と混ぜるようにして埋める。

 (火薬の材料となる硝石の採れる土を作る)


 非実用的な武器、火縄銃を五〇〇挺も注文し、火打石を大量に仕入れる。

 (最新兵器の入手。そして改造素材)


 商人、鍛冶職人、陶器職人たちと妙に仲良くする。

 (兵器製造の人材確保)


 狂ったように桃栗柿の木を植え、養蜂に力を入れてハチミツと水飴を作り続ける。

 (…………――――)


 以上の理由から、信長は乱暴で、土いじりが好きで、新しい物好きで、交友関係が悪い、糖分中毒者、およそ武家の頭領にはそぐわないうつけ者、うつけの天魔と呼ばれた。


 だが、彼の父、織田信秀が死んで一か月後。この不吉の忌子がとてつもない麒麟児であったことを、人々は知ることになった。


 満開の桜の木が人々を見守り、一陣の風が吹いて花弁が舞えば、誰もがふと頭上を見上げてしまうような、うららかな季節。


「おぉおおおおおおおっしゃあああ! 殺せぇ! 潰せぇ! 容赦すんなテメェら!」

『おぉおおおおおおおおおおお‼‼』


 尾張中央部。清州の地では、ひとつの戦が行われていた。


 いまでは尾張の三割を支配する信長が、かつては尾張の南半分を支配していた織田信友の居城、清州城を攻めているのだ。


 清州城から打って出てきた信友軍一〇〇〇と、信長軍一〇〇〇が激突している。


 信長軍に劣勢を強いられる信友は焦っていた。信長の居城を攻めようと徴兵し、兵を集めていると、突然信長軍が湧いて出てきたのだ。結果、国力ならぬ家力で上回るはずの信友は、準備の整わぬまま戦うハメになっている。


 だがそれは無理からぬこと。普通、徴兵には相応の書類手続きなどの準備が必要で、数日かかる。だが信長軍の兵は家臣というより、舎弟でダチ公に近い。


 日本最大の不良グループのヘッドが『よしテメェら明日戦すんぞ! 全員現地集合だ!』と声をかければ、そこら中の村や町の不良たちが武装して、敵清州城に即駆けつける。信長の居城に集まり行軍するわけではないので、誰も信長が挙兵した、とは思わない。


 ところで話は変わるが、戦国時代といえばこんな逸話を聞いたことはないだろうか?


 ――第四次川中島の戦いで、上杉軍総大将、謙信は自ら敵本陣へと突っ込み、敵総大将、武田信玄とタイマンを張った――


 この逸話は、自分が殺されれば味方の敗北が決まる総大将が、自ら敵陣へ切り込むわけがない、として平成の世では否定されている。しかしながら……史料によれば……。


「首を洗って待っていやがれ信友ぉ! 行くぞてめぇら! 俺の背中に続けぇえええ!」

『うおっしゃああ! 行こうぜアニキぃいいいい!』


 開戦当初、信長は全体的に指揮を執りながら効率的に集団戦を展開していた。だが、乱戦の様相をていしてくると、信長は愛刀、長谷部国重を手に自ら前線に打って出た。


 史料によれば、信長はその生涯において、何度も前線で戦い、戦いながら指揮を執っている。仮に、謙信が自ら敵陣へ切り込んだという話を聞いても、信長軍の人々は眉ひとつ動かさないだろう。普段は真紅の右目を隠すために身に着けている眼帯を外し、


「ぬるいんだよ!」


 吐き捨てるように言いながら、信長は最効率最適解の殺陣を脊髄反射で行う。敵軍勢の剣林矢雨をかいくぐり、一振りでひとり以上を殺せる斬撃を全身にまとい、血の海と死体の山を築いた。一〇〇〇回分の人生の記憶があれば、この程度は造作もない。


 ――本当に、これは思わぬ副作用だよな。覚悟しろよ信友。こちとら合戦のたびに前線で戦ってきてんだ。四万年分の戦闘経験値ナメんじゃねぇぞ!


 総大将が自ら打って出ることで、信長軍の士気は最高潮に高まり、信友軍を押し返していく。すると、信友軍は信長軍の戦意を挫く心理作戦に出た。


「天魔信長を討てぇ!」

「不吉なる忌み子! 血眼の信長を退治しろ!」


 一見すると間抜けだが、古今東西、大声で相手を非難するというのは、戦場において実に効果的な心理作戦である。それが勝利に結びついた例も少なくない。だが、


「魔王信長に仕える魔王軍共め! 我らが成敗してくれるわ!」

「天魔の眷属ごとき血に飢えた野獣が、我らに敵うとでも思うたか!?」

「人の道から外れ、地獄の悪魔に魅入られた亡者共め、地獄へ送り返してやる!」


 信友軍の誰もが、信長たちを罵倒し、蔑んだ。


 そして、蔑まれ貶められるほどに…………テンションがメッチャ上がった。


 信長軍三馬鹿トリオが声を張り上げる。


「フハハハハ! 愚かなる人間共め! よくぞ俺の正体を見破ったな! 我こそは地獄よりの使者、大戦鬼池田恒興様なるぞ! 食らうがいい、名状しがたき突撃戦法零式!」


 突撃馬鹿の池田恒興に続いて、メガネ馬鹿の丹羽長秀も高笑いながら矢を放つ。


「くはははは! 人がゴミのようだな! 我が煉獄の矢を受け、自らの血に抱かれて果てるが良い! あ、なんかこれ楽しい」


 新しい扉を開いている長秀以上に狂喜乱舞しながら、退却馬鹿であるはずの佐久間信盛は縦横無尽に薙刀を振るい、敵雑兵の首をはねていく。


「ヌルい! ヌルすぎるぞ! その程度で我の玲瓏なる不可侵領域を破れると思うとは、人間という奴はとんだ道化だな!」


 と言いつつ、強そうな奴は避け、雑兵だけを執拗に狙う信盛。退却戦はお手の物、逃げる技術は天狗か仙人か、のちに『退き佐久間』の名で知られ、逃亡技術ひとつで最高幹部にまで昇進する男は、自軍が有利なときにはとことん調子に乗るのだった。


「なんだこいつら!? さっきよりも士気が上がっているぞ!?」

「なんという鋼の精神だ!」


 日本史上、初の中二病患者である青少年たちを前に、信友軍は劣勢に立たされる。

 だが、それも一時的なもの。信友軍の別動隊が到着したのは、信長が敵小隊長を斬り殺したときだった。


「生まれたことを後悔するがいい! 魔王・天衝破ぁあああああ!」

「ぎゃああああああ!」

「よし、次はと、ん?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【電撃文庫】から【僕らは英雄になれるのだろうか】昨日発売です。

 カクヨムで試しい読みを20話分読めます。

 また、アニメイトで購入すると4Pリーフレットが

 とメロンブックスで購入するとSSリーフレットがもらえます。


電撃オンラインにインタビューを載せてもらいました。

https://dengekionline.com/articles/127533/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る