第19話 権威・無双!

「皇帝」


 俺に言葉を切られたゲス野郎は、力無く手を垂らした。


 王が国を統べる最高権力者ならば、皇帝とはその国王達を束ね王の上に君臨する王の中の王、この世で最大の権力を持つ存在だ。


「俺は生前、二〇の国を統べる統一王にして、全ての王の上に君臨する皇帝なのだが? そういえばまだ下級貴族には言っていなかったな。俺が天下を統べる統一勇者王として勇者の資格を得ている、と」


 ゲス野郎共のあごが痙攣し、顔は真っ青だ。貴族としての矜持があるだけに、上下関係の概念は脳髄の奥まで焼きつけられている。


 たとえるなら、今のこいつらの状況は、外国の皇帝陛下を一騎士だと勘違いして悪態をついてしまった。みたいなものか。


 俺はおもしろくなって、さらに追撃をかます。


「それともう一人の勇者で俺の家来の秀吉な、あいつは法王兼皇帝だから」


 秀吉は生前、関白の地位についていた。関白とは日本宗教である神道の最高指導者、天皇に代わり政治を行う地位だ。法王代理とか、法王補佐官と言ったほうが正しいが、完全に天皇より偉い地位にいたみたいだし別にいいだろう。


 法王と皇帝を兼任する人物が家来。と聞いて、ゲス野郎共はその場で崩れ落ちるようにして膝を屈した。だが謝罪の言葉がない。いや、なにも言えないのだろう。


 ゲス野郎共の背中は極寒の地にいるように震えあがり、今にも凍死しそうだ。


「あのっ、あのっ、ここ、このたびは、ごぶ、ごぶれ……」


 おもしれぇ……しばらく見ていたいぜ。

 俺は愉悦の笑みを浮かべる。


「安心しろよ、俺は超優しいからな、死刑や牢獄送りなんてしねぇよ」


 ゲス野郎共が、希望に満ちた顔を上げる。


「で、では!?」


 俺は笑顔で、


「ああ、お前らの実家や本家に手紙を書くだけにしてやるよ。勇者皇帝信長に対して『自分に敬意を払え』と暴言を吐いたってな」


 ゲス野郎共は、一人残らずその場で気絶した。

 そこへ、秀吉の明るい声が割って入る。


「信長さまぁ♪ 動かせる人員すべてに指示を出して、あと各街道の工事の進捗状況を確認し終わりました。次の仕事に、おや? ソフィアちゃんはどうかしたんですかみゃ?」


 秀吉はゲス野郎共を無視して、お腹を抱えるソフィアに注目した。

 ソフィアは涙ながらに、


「うぅ、秀吉様……信長様がぁ……」

「あん? 俺はただ身分にあぐらをかいて不当に民衆から搾取しているゲス野郎共を論破してやっただけだが?」

「なぁんだ。いつものことではにゃいですか♪」

「いつもなのですか!?」


 笑顔の秀吉に、ソフィアが鋭くツッコむ。


「そうそう。信長様はみんなが知っているけど触れずにやり過ごす聖域に破城槌をブチ込むお方♪ 各地の豪族や寺社勢力の利権を片っ端から廃止して国民に還元。信長様は生前からそんなのしょっちゅうだったみゃあ♪」


 俺は秀吉に補足する。


「無駄に富を食いつぶす連中がいなくなれば民百姓が潤う。こんな簡単なこともわからないとは。政治家がたわけてんのは地球もアガルタも同じらしい」


 ソフィアは涙目で腹を抱え込む。


「うぅ、いえ、それはわかっています。ですが彼らも貴族のはしくれ。貴族に厳しい政策をすれば貴族階級全体からの反発にあいます。国民を愛する気持ちは父上も私と同じでした。しかし王族は民に媚びすぎず、平民と貴族、どちらからも革命を起こされないようバランスをとらねばならないと」


「え? 貴族にわざと反乱を起こさせてから鎮圧。全員爵位と領地没収すればいいだろ?兵が足りなければ民を扇動して味方につけるとか」


 ソフィアは秀吉に向かって、つぶらな目を血走らせる。


「秀吉様! 生前、貴方がた家臣は信長様に何も言わなかったのですか!?」

「いやぁ、最初は注意する家臣もいっぱいいたにゃよ。けど、何故かみんな胃薬が手放せなくなって隠居しちゃったんだみゃあ」


 ソフィアは渋い顔で、


「そうやって常識人が淘汰され、変人だけが残ったのですね……」


 言って、すぐにソフィアは手で口を押さえる。


「すいません信長様! いま変人と言ったのは決して、その……」


 俺は湧き上がる感情を抑えきれず、ソフィアの肩をつかんだ。ソフィアは怯え、俺は、


「お前、見る目があるな。その通り。この織田信長様こそは三千世界一の変人よ!」


 秀吉は照れて、両手の指を絡ませる。


「ま、まぁ確かにウチはぁ、天下一の傾奇者(常識はずれの言動で人々の度肝を抜くCOOLな変わり者)である信長様の一番の家臣だけどそっかー、異世界人にもわかっちゃうかぁ。異世界人にもわかる変人ぶり。信長様、やっぱりウチらの溢れんばかりの傾奇魂は自然体でも滲みだしてしまうようですみゃあ♪」


「ふっ、当たり前だろうサル。この戦国一のバサラ(ド派手でイカしたナイスガイ)大名である俺の魅力は三千世界に通じるのだ。ハーハッハッハッ!」


「にゃーはっはっはっ♪」


 俺と秀吉がそろって哄笑すると、ソフィアは青ざめる。


「わかりません……私には勇者様たちがわかりません……」


 腹を抱え、玉座の上で体をくの字に曲げるソフィア。周辺の護衛兵が慌てて駆けつけ、胃薬のようなものを吞ませている。


 が、そんなものは無視して、俺は立ち上がる。


「よしサル。あと半刻、この世界の単位で一時間だったな。それぐらいで商人達が来る。その前に風呂に入っとけ。ソフィアの専用浴場の使用を許可する」

「了解でありまっす♪」


 一週間、領内中を駆けまわって働いた、俺の可愛いサルは嬉しそうにニッコリと笑う。

 胃薬を飲み終わったソフィアが、虚ろな目で顔をあげる。


「そういえば今日は商業組合の方々を招いているのでしたね……うぅ、またお腹が……」


 家臣達は、かいがいしくソフィアのお腹や背中をさすり続けた。

 俺は、召喚された日に読んだ商の資料を思い出す。


「ああ、前にも言った通りだ。王都と主要四都市の経済を牛耳る五大商業組合。王都商業組合、東都商業組合、西都商業組合、南都商業組合、北都商業組合。この五大商業組合の幹部を全員あつめた。ソフィア、お前は打ち合わせ通り、次期女王としての威厳を保てよ」


「うぅ、それはわかっていますが……本当にうまくいくのでしょうか?」


 すでに中間事務管理職歴三〇年ぐらいの苦労を感じさせる声のソフィアに、俺は哂う。


「だいじょうぶだ、心配するな、なんとかなる、ぜんぶ俺にまかせろ」


 ソフィアは、胃痛でくの字に曲げていた体を少しだけ起こした。

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