第18話 悪徳貴族よりも糞尿のほうが価値がある!
こうして秀吉は、勇者の名前を前面に出し、わざと武器や馬を召喚してみせ、勇者の威光を喧伝してまわった。
王都から主要都市へのびる大街道を全てまわり、演説をこなす。それが終われば、今度は主要都市どうしをつなぐ大街道だ。
いかに名馬太平楽があるといっても、楽な仕事ではない。それでも、朝から晩まで駆けまわる秀吉の顔から笑顔が尽きることはない。
馬で駆ける秀吉は、まばたきも忘れて手綱を握り締めていた。
疲れるわけなんてなかった。心臓が高鳴り、体がウズウズして休みたくなかった。
もっと速く、早く次の大街道へいって演説がしたい。そして信長の天下取りを進めたい。
あの人と、生涯にただ一人と決めたあの人と一緒に覇道を歩んでいる。
その事実が、秀吉の心を無限の多幸感で満たしていた。
「信長様♪ このサルめが極上の天下餅を献上致します♪」
生前、天下を統一した天下人、豊臣秀吉は、ただの信長家臣、羽柴秀吉となっていた。
◆
秀吉が領内をまわりはじめてから一週間後の午前十時。
各大臣や有力武官や文官との挨拶を終えた俺は、謁見の間で玉座の隣に座っていた。
玉座に座るのは、とうぜんソフィアだ。俺が座るのは、状況に応じて女王や王子、王の親兄弟が座る準玉座のような椅子だ。
俺の椅子よりも、ソフィアの玉座のほうが豪華だ。使用されている宝石の数が違う。公式的には、王の代理はあくまでソフィア。俺はあくまでも、ソフィアを補佐するためにいる、究極最強絶対無敵超絶無双天上天下唯我独尊極楽浄土大将軍大明神超々勇者様、略して信長、にすぎない。
だというのに、王代理のソフィアは玉座で縮みあがっている。顔面は蒼白だし、目は泳いでいる。今にも泡を吹いて倒れそうだ。
やれやれ、おかしな姫様だなぁ。俺はただ、政務をしているだけなのに。
俺とソフィアの前には、各地の役所の代表者たちが集まっていた。
代表者たちの顔は、不満をあらわにしたいも、姫の御前なので我慢しているといった様子だ。代表者である貴族の一人が俺に詰問する。
「王家の全領土内の関所を撤廃するとは、勇者様、これはどういう了見でしょうか?」
「王家のじゃねぇよ。人間の国、全土でだよ。他の公爵領や伯爵領にも勅命を出した」
「なお悪いです!」
俺は秀吉が道路工事を指揮する間、法律のほうを指揮していた。
軍を強くするには金がいる。軍費をねん出するには国を好景気にする必要がある。好景気にするには物流を太く活発にする必要がある。それで始めたのが交通網の整備だ。
この国の交通は不備が多すぎる。
道幅が狭いし荒れている。だから秀吉に整備拡張工事をさせている。
そして関所が多すぎる。しかも国には何の得にもならないときている。
この国の街道には、この国の単位で数キロメートルおきに関所が設置されている。通行人は、そこを通る度に高い通行税を払わなければならない。
とうぜん、商人たちは商品の輸送を制限されてしまう。そして通行税は商品の値段に上乗せされ、輸送品は高くつく。
結果、物流は細く鈍重になる。こんなんで銭の花が咲くかよ。
極めつけは、この通行税は全て役場のもので、国の税収にはならないという点だ。
名目上、通行税は交通整備や役所の修繕、人件費に使われることになっている。だが実体は、ただ役人が贅沢をするために使われている。
それは公然の秘密で、誰も咎めないらしい。なので、俺が堂々と咎めて廃止したのだ。
「勇者様は貴族というものをわかっておりません。通行税は貴族の体面を保つのに必要なのです。これは無駄な予算ではありません。我が国の習慣、歴史、いや伝統なのですっ」
語気を強める役所の代表者。他の代表者も含めて、全員が貴族だ。
この国の仕組みを説明すれば、実にかんたんだ。
王族の下に貴族がいて、王族と貴族がそれぞれの領地を治めている。
ただし、貴族の全てが領主様というわけではない。
貴族は貴族でも、多くいる兄弟の末っ子、妾の子、分家の分家、土地のない下級貴族。こういった連中は、王家や大貴族に仕えたり、家庭教師をしたり、または、役所で上級役人を務めたりする。
ようするに、名ばかりの貴族が塵のように軽い矜持を守りたくて、民衆から通行税を巻き上げ贅沢をしているのだ。
税を収めてくれる領民の役を、通行人にさせているのだ。つまり、
「黙れ不良国民」
役所の代表者たちが石化した。
ソフィアが可愛らしい、つぶらな目を剥き、まばたきもしないで俺を見てくる。
「国に税を収めてくださる民衆様から盗賊のように金を巻き上げ財を食いつぶし国内の経済を停滞させる。働くだけ奴隷のほうがマシだな」
俺がそこまで言うと、ようやく代表者たちは、自分らがなんと言われたか理解したらしい。顔を真っ赤にして、声を震わせながら激昂する。
「わっ、我々を奴隷以下と!? 汚物同然だとそうおっしゃりたいか!」
「たわけてんじゃねぇよ。糞小便すら肥料になるんだ、お前らは糞小便以下だ。お前らの体重分の糞小便のほうが価値がある」
ソフィアは胃痛を耐えるように腹を抱え、頬を引きつらせる。
代表たちは頭の血管が切れそうなほど赤面し、謎の奇声を吐き続けている。
一部の連中が俺につかみかかろうとするので、俺は軽く殺意をこめて睨んだ。
途端に、代表者の全てがその場に硬直。体を空間に縫い付けられたように動かず、息もできないようすだ。
これは妖術じゃない。剣客が決闘の時にやっている気当たりだ。自身の殺意だけで相手を吞みこめたら、戦う必要もない。あとは山越えのとき、獣を追い払うのにも便利だ。
俺が殺意を収めると、連中は額から汗を噴き出し、息を吐いてあとずさった。
額の汗を腕でぬぐい、自称貴族のゲス野郎共は平静を装う。
「ゆゆ、勇者殿……我々は知っていますよ。勇者とは天より降臨した神の御使いではなく、ガイアというもう一つの世界から来たというだけの、我々と同じ人間だと。貴方がガイア世界でドラゴンを退治したか、戦争を勝利に導いたか、囚われの姫を助けたか、それは知りません。ですが我々は仮にもき、貴族、なんですよ?」
ゲス野郎は、後半は声の震えを押さえられていなかった。
「それに私達のほうが年上ですし、身分的にも年齢的にも、我々への敬意を払うべきでは? でなければ、ソフィア姫様の顔に泥を塗りますぞ?」
そういや俺っていま、外見年齢二十歳ぐらいだっけ?
「お前らって何歳だ?」
自分達の優勢と見たか、ゲス野郎共はちょっと得意げになる。
「我らはみな、三〇を過ぎております」
「ふーん、まぁ俺は四八だけどな」
ゲス野郎共が、ぽかんと口を開けたまま動かなくなった。
「あれ? 知らないのか? 勇者は全盛期の肉体で召喚されるんだぞ?」
ゲス野郎共は顔をぶんぶんと振り、勢いで動揺を隠す。
「だ、だとしても我々は貴族! 身分の違いと弁えたらどうですか?」
「身分の違い?」
ゲス野郎は、俺を指差して叫ぶ。
「そうです。勇者というからに、おそらく王国一の騎士か何かなのでしょうが――」
「皇帝」
俺に言葉を切られたゲス野郎は、力無く手を垂らした。
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