第17話 土木・無双!
その日の午後。
秀吉は王都郊外の、とある大街道の近くにいた。
土木従事者達が一本の木の下に集まり、秀吉はその木の上に立っている。そして秀吉の眼下には、千人もの奴隷や無職の民が集まっていた。
「おーおー、命令通り集まってるみゃあ♪ それじゃ、早速はじめるのにゃ♪」
秀吉は大きく息を吸い込むと、勇者の力でその手に刀を召喚する。鞘が豪奢な作りで、所持する秀吉の身分を誇示するようだ。
「いいか! よく聞けおみゃあら! ウチこそはこの国を救うべく、クイーンの駒で召喚された勇者、羽柴秀吉だみゃあ!」
秀吉の言葉に、奴隷や民衆はざわめく。
『あ、あれが伝説の勇者様!?』『あんな女の子が? でもいま剣をだしたぞ。何をしたんだ?』『すげぇ、本物だ!』などと口々に騒ぐ。
信長は、ソフィアとの質疑応答の時、勇者に関する認知度を調べておいた。ソフィア曰く、勇者の召喚は五才の子供でも知っている常識で、救いの勇者様降臨を国民は待ちわびているらしい。
勇者の肩書は、この国では強い影響力を持つ。
「にしし♪」
みんなが驚いた顔で自分を見上げている。派手好きで目立ちたがり屋の秀吉は気分良く舌を回した。
「そしてウチの主人にして、この国の救世主、キングの駒で召喚された勇者の名は織田信長様なのにゃ! 今日はおみゃあさんらに信長様のありがたい言葉を伝えに来たからよく聞くのみゃ!」
秀吉の眼下にいる全員が、ぽかんと口を開けた。
ここに集まっているのは王都で働く奴隷に、無職の連中だ。とてもではないが、勇者様などという高貴な存在が相手にするような身分ではない。
そして次の瞬間、頭上に疑問符を浮かべる人々の頭を衝撃が襲う。
「お前ら全員に仕事を与える! とうぜん報酬は払う! さらに働きのよい奴隷には市民権を与え、無職者は土木従事者として国家公務員に取り立てる!」
『えぇえええええええええええええええええええええええええええええ!?』
誰もかれもが悲鳴を上げて固まった。
無理もない。奴隷は奴隷だ。奴隷の子は一生奴隷だ。生まれた時から他人に使われ、市民に憧れながらも一生変わらないと思っていた。
無職者も同じだ。人口の増加により、口減らしのために家を追い出された者、奉公先から追い出された者、仕事を求める人が多過ぎて働き口がない者。みんな、いつかどうにかならないかと思いながら、本当は理解していた。そんなラッキーは転がっていない。戦乱の世だから傭兵なら食えるが、殺し合いをする勇気も腕っ節もないからこそ、惨めな路上生活をしているのだ。
それが突然、奴隷を含めて報酬のでる仕事を与えられ、しかも、頑張り次第で出世まで約束されたのだ。
皆が戸惑うのは至極とうぜんだろう。
困惑する連中に、秀吉は演説を続ける。
「いいか、ここに土木職人が百人いる。こいつらを頭(かしら)にして、おみゃあらは十人百組に分かれてこの大街道を広げるんだみゃあ! 道幅を三メートルから三倍以上の、十メートルまでにゃあ! それぞれの組が担当する区分はもう決めてある!」
言って、秀吉は皆を指揮する。
まず、百人の職人が横一列に並ぶ。それからまず、奴隷達を百組に分けて各職人の前に整列させる。今度は無職民を、一組が十人になるよう足りないところへ並ばせた。
こうして、十人百組にわける。
「よしよし。よく聞けおみゃあら! この大街道はすでに百等分にしてある。それぞれの頭は自分が何番目の区分の工事を担当するのか知っているのにゃ! これからおみゃあらは頭の指示に従って道路工事をしてもらう。ただし、一番に仕事を終わらせた組には報酬を三倍出そう」
皆の肩が、びくりと跳ねた。その瞳は、欲望の光がうずまいている。
秀吉は口角をあげて、ニヤリと笑う。
「いいか? おみゃあらには日当として麦と野菜をやるのにゃ。そして工事が終われば特別報酬として銀貨を一人十枚払うつもりにゃ。でもでもぉ~、一番に終わった組の連中には銀貨を一人三〇枚払ってやるのにゃ。聞いたかにゃ? あくまで一番に終わったところだけだにゃ」
そこまで言って、秀吉はぷいっとそっぽをむく。
「たぁーだぁーしぃー。逆に、一番遅かった組には銀貨は八枚しかあげないのにゃ」
またも、皆の肩が、びくりと跳ねた。その瞳には黒い闇がうずまいている。
「あー、それと他の組の邪魔をしたら厳罰に処すのみゃ。じゃあ食事は一日三回支給するから、おみゃあらは頭の言うことをよくよく聞いて働くんにゃよ?」
『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼』
欲望にまみれた男達は拳を突きあげる。その叫びは鬼気迫るものがあった。
秀吉は満足げに頷いて笑顔を見せる。
「いい感じだにゃ。じゃあウチは次の大街道へ同じ説明をしに行くから、おみゃあらはちゃあんとはたらくのにゃ♪」
秀吉は軽やかなあしどりで木から跳びおりると、
「召喚♪ 太平楽♪」
秀吉の声に呼応して、木の下に神々しい光が湧きだした。光は茶色い鹿毛馬を形作る。
その姿は聖獣と見間違うほどに美しくも、たくましい筋肉に覆われている。鹿毛のユニコーンがツノを失えば、こんな感じかもしれないと誰もが思った。
秀吉は愛馬、太平楽の背に着地すると、その首にだきついた。
「ふふ♪ 死んだあともウチに乗られたいとは、愛いやつだみゃあ❤」
勇者は、生前の力を十全に振るえる、という能力がある。故に生前の武装は自由に召喚できるが、それは軍馬とて例外ではないのだ。
ただし『馬界の勇者』たる個体に限る。とはいえ、天下に名高き名馬、太平楽ならば資格は十分だ。
「ほんじゃあ行くみゃよ太平楽♪」
秀吉が手綱を握り、足で軽く太平楽の腹を叩いた。太平楽はその印象通り、聖獣ユニコーンもかくやという速度としなやかさで走り去った。
奴隷や無職民でも、魔術の存在は知っている。
けれど、皆の知る魔術はとつぜん馬を召喚できたりはしない。ましてあれほどの名馬、否、至高の玉馬を乗りこなすのだ。彼女が並の存在であるはずがない。
奴隷も無職民も職人も、誰もが秀吉の走り去った方角へ『ありがたや』と拝んだ。この時、彼らにとっての勇者秀吉は、生き神様も同然だった。
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