第16話 内政チート
秀吉を召喚した次の日の朝。
俺と秀吉が働く、王の執務室の戸を、誰かが叩いた。
「信長様、秀吉様、そろそろ朝食の時間ですので私と一緒に、って、何をなさっているのですかぁ!? それ国璽ですよね!?」
戸が開くなり、顔を出したソフィアが素っ頓狂な声を上げる。
ちなみに俺と秀吉は、それぞれの机にて猛然と書類作成を続けている。
万年筆、というこの世界の筆を紙に走らせ、俺と秀吉は命令書を作成。そしてすばやく国璽(この場では王の承認を得たというハンコ)を押していく。
「あん? 王室からの命令書なんだから国璽を使うのは当たり前じゃねえか」
「勝手に使わないでください! それは王の代理である私の承認を得た書類や国書にしか押せないのですよ!」
「だって俺はお前らの王だろ? なら国璽も俺のもんだろ?」
「政権はあげていません!」
「でも事実上の支配者は俺で、俺の采配通りに王権を行使するよう言ったろ? つうわけでこの書類の内容は全部ソフィア、お前のお墨付きってことにしとけよ。コボルト国との戦いに勝つのに必要な書類を作成しているところなんだ」
ソフィアの表情があらたまる。
「? 軍事命令書ですか?」
「いや、新しい国策だ。コボルトに勝つためには、まずこの国を作りかえる必要がある」
ソフィアの口が、ぽかんと開いた。
「この国を……つくりかえる?」
俺は書類を作る手を休めずに頷いた。
「そうだ。再びチャンドラグプタ率いるコボルト軍が攻めてくるまでの猶予は二ヶ月。それまでに可能な限りこの国を作りかえないとな。ソフィア、昨晩、俺が言ったことを覚えているか?」
「はい。でも、本当にコボルト軍は二ヶ月も待ってくれるのでしょうか?」
「当然、可能性はゼロじゃないさ。だが、少なくとも戦象部隊は使えないだろう」
「風向きが変わるのが、二カ月後だからですか?」
「ああ」
俺は、また書類に国璽を押して新しい用紙を手に取った。
「この国とコボルト国の国境にあたるあの戦場は、常に西から東へ風が吹いている。つまりこの国からコボルト国へだ。ならコボルト国がいくら戦象部隊で攻めてこようと問題ない。こっちはまた煙による異臭作戦で戦象を混乱させればいいんだからな。資料によれば、風向きが変わるのは今から二カ月後、六月になってからなんだろ?」
俺が召喚されたのは、この世界の暦で四月の頭だ。そして六月になると、あの戦場は風向きが変わって、西向きの風が吹くようだ。
「それはそうですが、異臭対策をされる可能性も……」
「無理だな。獣である象の鼻に覆いをつけて臭いを嗅げなくするのは現実的じゃない。臭いに慣れさせる方法もあるが、二ヶ月じゃあ時間が足らん。これらのことはチャンドラの野郎もわかっているはずだ」
「なら、我々はその二ヶ月の間に少しでも軍を強化しなくてはなりませんね」
あまりに教科書通りすぎるソフィアの意見に、俺は喉の奥で哂う。
「いんや。戦争で勝つのに必要なのは軍じゃあない。国そのものだ」
ソフィアは二度、三度とまばたきをする。
「ですが、戦争で戦うのは軍人ですし……」
「あんまり可愛いことばっか言うなよ。まぁ、その方がガキらしくていいけどな」
ニヤニヤと笑う俺に、ソフィアはちょっとムッとした顔になる。
「では信長様。戦に勝てる国づくりとはどのようなものでしょうか?」
「全部で六つだ」
書きあげた書類に国璽を押して、俺は指を六本立てた。
「俺は一昨日の夜から、この世界と国の資料を読みつくした。それでこの国が抱える問題と、その改善策を浮き彫りにした」
ソフィアの顔が、ちょっと大げさなぐらいに驚いたものへと変わる。
「ほほ、本当ですか!? この短時間で、本当にそんな!?」
ソフィアの様子に、秀吉が愉快に笑う。
「みゃはは♪ 信長様からすればその程度、朝飯前だにゃあ~」
山のように書類を作り続ける秀吉から視線を外し、ソフィアは俺にむかってもの欲しそうに唾を吞む。
「それで……その方法とは……」
「聞きたいか?」
俺はいじわるな笑みを浮かべ、十分タメを作ってからイスの背もたれに体重を預ける。
「単純に言うとな。交通網の整備。一部の税の撤廃。商業の自由化。単位の統一。貨幣制度の整備。金になる街を直轄地にする。の六つだ。そのための書類作りをしている」
「う~ん、それで国内の問題が解決するのですか?」
俺はドヤ顔であごをのけぞらせる。
「当然だ。社会問題が解決しないのは誰も本気で解決しようとしないからだ。社会問題なんてものはな、王にやる気があれば一たす一より簡単だ」
「すごい自信ですね……それに、すごい量の書類ですね……」
俺と秀吉が机の上に積んだ紙山は、全て膨大な量の命令書だ。
ソフィアは、少し呆れた顔で紙山を眺めている。
「昨日の夕方から常に作り続けているからな。秀吉がいて助かったぞ」
「サルは信長様の補佐をやらせれば地球で一等賞なのですみゃ♪」
秀吉は得意げに笑う。筆も上機嫌で勢いにのっているようだ。
「では徹夜ですか? 食事の前にお休みなったほうがよいのでは?」
「いや、行軍中は一徹二徹は珍しくなかったからな、平気だ。気持ちだけありがたくもらっておこう」
俺は作り終えた書類の束を整えるべく、紙束で机をトントンと鳴らす。
「つうわけでソフィア、これから国を豊かにする改革の内容を詳しく説明してやろう。俺様の考えた六大改革。その六つには明確な順番が決まっている」
俺は鋭く、ぴんと人差し指を立てた。
「まず、第一に交通網の整備だ。サルがいる今なら、それが実行に移せる」
俺がにんまりと笑えば、秀吉は『お任せを』と誇らしげに自身の胸を叩き、ソフィアは小首を傾げた。
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