第15話 美少女ヘンタイ・モンキー


「あの……勇者様。そちらのかたは……」

「おう、紹介するぞソフィア。こいつは生前の俺の家臣で、サルこと羽柴秀吉だ。サル、このガキはこの国の姫さんだ。挨拶しときな」


 俺が促すと、秀吉は表情をあらためて立ち上がる。


「お初にお目にかかります。ウチは信長様の家臣、羽柴筑前守秀吉にございます。信長様亡きあとは天下を統一して、豊臣秀吉と名前を変えました」


 丁寧に頭を下げる秀吉に、ソフィアも慌てて頭を下げた。


「よしソフィア、これから王都へ行くぞ。俺はサルにこの世界の説明をするのに必要な資料を持ってくる。お前らは先に馬車へ行っていろ」


 俺はソフィアの返事も聞かず、身をひるがえして広間から立ち去った。背後からは、ソフィアの慌てた返事が聞こえた。


 さて、秀吉も戻ってきたし、これで俺の天下統一事業を実行に移せるな。


 さっきは辛く当たったが、秀吉が天下人になるのは当然のことだろう。


 正直に言えば、俺は秀吉が天下人になったことについて、あまり怒っていない。


 俺の息子達は天才だった。だが秀吉は神才だった。規格外だった。努力や才能なんてチャチな話じゃない。秀吉は俺同様、最初からそういうモノとしてこの世に生を受けている。


 俺の息子達なら国の一〇や二〇は収められるだろう。けれど天下全てを治めることはかなわない。それができるのは俺の他に、秀吉と家康だけだった。


 吉乃の夢である平和な新世界。それを叶えてくれたのなら、むしろ秀吉に感謝するべきだろう。農民出身の秀吉ならなおさらだ。


 織田家に代々仕えている一族出身の家臣は『織田家』に忠誠を誓っている。対して秀吉のように農民だったのを俺が個人的に雇った家臣は『信長個人』に忠誠を誓っている。


 俺のいない織田家に忠誠を誓おうという感情は薄い。


 だから秀吉は『織田家を守る』よりも『信長の夢を叶える』ことを優先させたんだ。


 俺は嬉しくなって、思わず口角が上がってしまう。


 さてと、秀吉にはいい目を合わせてやらないとな。


 俺は、秀吉と一緒に歩む天下統一事業に想いを馳せた。


   ◆


 信長が立ち去ってから、ソフィアは秀吉を連れて馬車庫を目指していた。石造りの廊下を歩きながら、ソフィアは横目で秀吉をみつめた。


 やわらかそうな長い髪を頭のななめ後ろで束ねたオシャレな髪型。ぱっちりとした大きな目は吸い込まれそうで、ちょっと低めの鼻と小さな口がとっても可愛らしい少女だった。


 と言っても、当然一〇歳のソフィアよりはずっと年上だ。肉体年齢は、一〇代後半だろうか。大人からみれば可愛らしい美少女だが、幼女のソフィアからすると綺麗なお姉さんに感じなくもない。


 そんな秀吉を、信長が容赦なく痛めつける光景をソフィアは思い出す。ソフィアは秀吉へ同情的な溜息を吐いた。


「それにしても秀吉様は大変ですね。まさか信長様があんな暴君だったなんて。失礼ですが、信長様にこの国を任せてよかったのか、すこし心配です」

「え? 暴君?」


 だが、秀吉は目を点にして首をかしげる。『暴君て誰が?』とばかりにソフィアを見つめ返してくる。逆にソフィアが目を点にすると、秀吉はとろけきった顔で頬に手をあててよだれをたらす。


「ぐへへへぇ。それよりもぉ、今日からまた信長様と一緒に天下取り生活がはじまるんだなぁ♪ あぁ……最初の蹴りといい折檻術といい、信長様の愛は過激すぎて困ってしまうのみゃあ❤ それにぃ、クイーンの駒で勝家でも長秀でも恒興でも利家でもなくウチを選んでくれるなんてぇ~ぃやん❤ あっ、ダメです信長様っ、そんなにされたらウチ、また潤っちゃうッ、でも信長様が望むならウチは何をされても、あっ、アッ、アァアアん❤」


 妄想の世界に浸る少女秀吉を前に、ソフィアは心の底から亡き父を想った。


 ――お父様。わたくしはこの方々に王国の命運を託してよかったのでしょうか……


 何か取り返しのつかないことをしてしまった後悔と、亡国への足音に、ソフィアの胃がキリキリと痛んでくる。


 鬼畜変態勇者信長と、被虐変態勇者秀吉の顔が頭から離れないソフィアであった。

 ただ、アガルタ世界のソフィアは知らないことだが、地球では羽柴秀吉という人物は男として記録されている。


 そして秀吉は、男性武将と記録される一方で『小柄』『華奢』『ヒゲが伸びなかった』『数多くの女性を囲っていた好色家だが、何故か子供がひとりもできなかった』とされている。


 つまりは、そういうことなのだ……


   

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