第20話 セルフ・ブラック労働環境だけどホワイトです!


 一時間後。


 俺とソフィア、風呂に入った秀吉の三人は、目通りの間を目指して城の廊下を歩いていた。謁見の間とは違い、より大人数を相手にする時につかう広間らしい。

 先頭を歩く俺は秀吉に問う。


「それで秀吉。工事の進捗状況は?」

「はい。王都から主要四都市へ伸びる一番大街道から四番大街道。全ての工事は順調です。三メートルしかなかった道幅を十メートルに広げ、整地中にございます。あと三日もあれば、工事は滞りなく完成致します」


 にゃあみゃあ言わず、秀吉の表情は計算高い商人のそれだった。


「あと三日!? あの大街道の拡張工事が十日で終わるというのですか!?」


 目を丸くするソフィアに、俺は気分よく自慢した。


「おいおい、俺のサルをナメるなよソフィア。なんせサルは生前、二十日かかっても遅々として進まなかった城の修繕作業を三日で終わらせたんだからな」


 秀吉は誇らしげに、エヘン、と可愛らしい胸を張った。


「言っておくが、本来なら二十日かかる工事を三日で終わらせたんじゃねぇ。二十日たってもぜんぜん進まない工事だ。なのに普請奉行、責任者をサルに代えた途端に完成だ。サルは人をやる気にさせたら地球で一等賞。工事作業は十倍速がサルの流儀よ」


   ◆


 その頃。一番大街道から四番大街道では、同じような光景を見ることができた。


「他の隊に負けるなぁ嗚鳴鳴鳴鳴鳴鳴嗚呼アアァ‼」

「死ぬ気でいくぜぇえええええええッッッ‼‼」

「ヒャッハーッ‼‼」

「■■■■■■■■■■■■■■■■」


 秀吉に指示された男達は狂気乱舞しながら土木に工事に従事する。奇声を発し、血と汗とヨダレとその他もろもろの体液を流しながら、体力のペースも考えず全力で動き続ける。


 土を運ぶ一人の男が転倒しそうになる。転べばそれを理由に少しでもサボれる、が。


「ずえぃやあああああああああああああああ!」


 土俵際の粘り腰とばかりに地面を踏みしめ、姿勢を直し、男は走る。

 また別の男が、奴隷が転びそうになる。刹那、すぐ近くで働いていた無職民の男がカットに入る。奴隷男の体を支え、


「気をつけろ! お前が倒れてもお前の代わりはいないんだぞ!」

「ああすまない! この失態は仕事で挽回するぜ!」


 というやりとりを、手と足を止めずに交わした。


 奴隷も無職民も関係ない。一番早く終わった隊は銀貨を三倍ももらえるのだ。


 奴隷に仕事をおしつけてサボる無職民なんていない。


 奴隷も無職民も『銀貨が欲しい』という欲に塗れきった野望のために一致団結し、鋼の絆を育み、阿吽の呼吸で仕事をしている。


 働いた分だけ銀貨に近づいている。その事実が彼らに歪んだ笑顔と、黒く輝いた瞳を与える。誰もが『金をもらえる』という労働の喜びのもと、血眼になって働いた。


「大変だぁああああ! 一八番隊の工事がめっちゃ進んでいるぞ!」

『な、なんだってェ――!?』


 男達は、いよいよ奥歯が砕けそうなほど噛みしめ、狼ぐらいなら焼き殺せそうな形相となる。全身の筋肉には血管が葉脈のように浮き上がり、神父が見れば一目で悪魔憑きだと思うだろう。


 昼休みになれば、すぐに全員集まり、配給の野菜スープを食べる。ここまでは一般的な工事現場だが、休憩時間いっぱいまで休む男などいない。誰もが野菜スープを一瞬でかきこむと、再び発狂しながら肉体労働へ食らいつくのだ。


 その時、高く盛っていた土が、一人の男に向かって崩れた。同じ隊に所属する九人の仲間は同時に跳び出し、男を突き飛ばして救った。


「ありがとうみんな。俺なんかのために」

『ばかやろう! 俺達は仲間じゃないか!(お前がいなくなったら一人分作業効率が落ちるんだよ!)』


 そんな様子を見て、各隊の頭である本職の土木職人は目を光らせた。


「あいつら、将来は熟練の職人になるな」


 頭の目利き通り、彼らは全員、王国最優の工兵部隊としてその名を馳せるのだが、それはまだ別の物語である。

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