第13話 戦国最強のサル! 異世界に立つ!

 天下を統一すると宣言してから、俺はソフィアにこれからの予定を伝えた。それからソフィアと共にすぐ砦を出た。勇者を召喚できる神殿、シャンバラへと移動するためだ。


 ソフィアは神殿に着くと、勇者召喚の準備をするよう魔術師たちに指示した。


 先日、俺が召喚された部屋。その中央には、金色に輝くクイーンの駒が置かれる。その周囲を、数人の魔術師たちが囲むように立っている。


 俺とソフィアが見守るなか、魔術師たちは呪文を唱えはじめる。すると、突然クイーンの駒が光を放ち、光は石畳の上を走って部屋の壁まで届いた。


 あまりの眩しさに、ソフィアは腕で目を守っている。


 空気の振動が俺の肌を叩く。その不思議な光景を前に、俺は少し心が躍った。


 日本にも占いや呪いはあった。だが、こうして目に見える妖術は珍しい。


 クイーンの駒が放つ光が徐々に弱くなってくると、光の中に人型の何かが見えてきた。


 光の粒子が人の形を作る。光は徐々に色と細部が鮮明になって、実体化する。


 やがて、クイーンの駒が完全に光を失う。代わりに、俺がよく知る少女が仰向けに倒れていた。小柄で華奢な体はよく引きしまっていて、胸を含めて実に機能的だ。動きやすいよう、着物の意匠には忍び装束の要素を取り込んでいる。


 その姿に、ソフィアや魔術師たちは息を吞み、一歩あとずさる。


 魔術師たちは畏敬の念を込めた声で口々に、


「すごい……力だ……」

「なんだ、この人は……信長殿もだが、これは……」

「……勇者とは、本当に人間か?」


 と小声を漏らす。

 ソフィアは、震える左拳を右手で押さえた。


「あれが……勇者様の家臣……もっとも信頼するもう一人の勇者様なのですね」


 たらり、と一粒の汗が、ソフィアの額から床へと流れ落ちる。


 ? こいつらは何を言っているんだ? まるで化物でも見るような目で。


 仰向けに倒れたまま動かない少女へと、俺は歩みを進めた。


「おお、信長様が」

「家臣との再会か」


 周囲では、一部の魔術師たちが感動の声をこぼす。

 そして俺は、


「起きろサルごるぁ‼」

「ぐはぁッッ……!」


 サルこと本名羽柴秀吉を、思い切り蹴り飛ばした。それも、横っ腹を。

 秀吉はきりもみ状に回転しながら、石壁に頭から突っ込んだ。


『えぇえぇええええええええええええええええええ!?』


 ソフィアと魔術師たちの悲鳴。

 俺は無視して、秀吉が起き上がるのを待った。

 秀吉は壁からずり落ちると一瞬で跳ね起きた。秀吉の可愛らしい口がえずく。


「ぐっ、げぼっ……ッッ、いまの蹴りは……」


 それは、地の底からすすり上がるような声だった。俺の知らない声だ。


 秀吉は口元を腕でぬぐい、鋭い眼光とともに顔をあげた。


 その両目は妖しく輝き、背後にはいままで見た誰よりも強い怨念がとぐろを巻いていた。


 ソフィアと魔術師たちが小さく悲鳴をあげ、腰を抜かすのを、俺は背で感じた。


 己が憎しみだけで、この世の全てを吞みこまんばかりの眼光が、俺を射ぬいた。


 なんだ秀吉のやつ。なんか様子が変だぞ? 召喚に失敗したか?


 俺は秀吉の眼光を真正面から受け止める。すると、秀吉の眼光がぴたりとやんだ。


「…………」


 秀吉は沈黙。その間に、秀吉が背負っていた怨念も雲散霧消した。秀吉の目には、俺がよく知る光が戻る。大きくぱっちりとした目に俺を映し、秀吉は……


「!? の の の」


 秀吉の目に涙が溢れる。



「のぶながさまぁああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」



 秀吉は滂沱の涙を流しがら、ひとっ跳びで俺に抱きついてくる。秀吉は力いっぱい腕で俺の首を、足で俺の背中を抱きよせながら泣き叫ぶ。


「うえぇええええええええん‼‼ お会いしたかったです信長さまぁ~~! これは夢ですか!? 夢なのですか!? 夢ならばサルめはもう覚めたくありません‼ サルは夢の住人になりまするぅ‼」


 秀吉のとめどない涙と鼻水が、俺の肩口を汚して止まらない。


「あー、おう。うんうんわかったから。これは夢じゃない。お前も召喚されるまえにこの世界と勇者の知識を得たと思うが俺が補足しよう。説明するからちょっと降りろ」


「うおぉおおん信長さまぁ‼ 何故このサルめをおいて死なれてしまったのですかぁ‼ 信長様あってのサルなのに信長様に死なれてはもう生きる意味がありませぬぅ‼」


 秀吉はおくゆかしい双乳を俺に押し当てながら、頬ずりをしてくる。


「あー、はいはい。わかったから、わかったからな。とりあえず天下取りの作戦会議をだな、聞いているか?」


「いえ悪いのはサルめでございますぅ……逆賊光秀の悪計を見破れず信長様を死なせるなどサルは不忠ものでございますおよよよよ……うぅ、サルめの命を以っても償えないこの失態、サルは一所懸命誠心誠意一心不乱に挽回する所存にございますぅ……」


 サルの両手両足は、ただ俺を締めあげるだけでなく、むぎゅむぎゅと愛おしそうに力を込めなおしている。俺は額に青筋を浮かべ、口角がひきつる。


「サルぅ……だから俺の話をだなぁ……」

「お願いです信長様! もうどこにも行かな――」


 ブチン


「聞けっつってんだろがゴルぁ!」


 サルが言いきる前に、俺は彼女の体を抱きしめると、自身の背を逆エビ状に逸らした。


 俺が稲妻のような勢いで背すじを逸らすと、サルの脳天が石畳に叩きつけられる。

これぞ信長式折檻術奥義・車万凄武零苦主(ジャーマンスープレックス)だ。


 びちッ


「ぴぎゅ!」


 サルから変な音と声が漏れ、俺を抱き締める手足が脱力する。

 サルの頭蓋骨にヒビを入れた、確かな感触を俺はつかんだ。サルの体が、ゆっくりと石畳に倒れる。


「ったく、クソザルが」


 俺は毒づきながら、忍者顔負けの柔軟性を発揮。逆エビ状に背を逸らした体勢から足を動かさず、腹筋の力だけでスッと元の姿勢に戻った。


 振り返って床を見下ろせば、そこには頬を紅潮させながら身をよじらせる少女の姿があった。それも、頭から血を流したまま。


「あぁ……久しぶりのこの感覚♫♪ 新❤ 鮮❤ 潤っちゃう❤ サル、潤っちゃう❤❤」


 絶賛潤い中のサルの手が、自身の袴へ伸びようとする。それを咎めるように、俺はサルのみぞおちをカカトで踏みつける。


「いつまでも気持ち悪いこと言ってんじゃねぇぞクソザルが! いいから命令だ命令!」


「あ~だめです信長様♪ これいじょう潤ったらウチ、また美人になっちゃう♪ そうしたら家臣に襲われちゃう♪ ウチまだ処女なのにぃ~❤」


「てめぇはいつまで白昼夢見てんだよこのハゲネズミがぁ!」


 俺は、サルのみぞおちをカカトでぐりぐりと踏みつける。


「みゃぁあぁあぁあぁあぁあ~~❤」

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