第12話 人道的な世界征服!

「それこそできるわけがありません。だって、種族が違うんですよ!」

「種族が違うとなんで同じに扱えないんだ?」

「アガルタにおいて前例がありません。全ての種族は種族ごとに暮らす。違う種族同士は相いれない。これは時のはじまりより決まっていることわりです」

「だからなんで相いれないんだよ?」

「だって! だって……だって種族が違うから。違う種族のヒト同士で同じ国には……」


 言葉を探して、見つからないソフィアの言葉尻は勢いを落とすばかりだ。


 無理もない。


 昨晩、この世界の歴史と地理の資料は読んだ。


 この国は有史以来、多民族国家ができたことがない。


 歴史のはじまりから、すでに種族別に暮らしているこの世界において、他種族と暮らすという考え方はない。いまの乱世がはじまったのは十年前からだが、それ以前にも何度か各地で小規模な戦争はあったらしい。


 俺がいた日本には、日本人しか住んでいなかった。だから、そもそも他種族なんてものを意識したことがない。意識したことがないから、敵意もない。だから俺はこいつらにも、コボルトにも特別な感情はない。


 けれどこいつらは違う。


 こいつらは生まれた時から他種族を意識してきた。国境の外に暮らしている、潜在的な脅威。それが他種族だ。


 俺は思い出す。宣教師から聞いた、コロンブスの話を。


「こんな話を知っているか? コロンブスという男が新大陸を発見した。するとある男が『それぐらい誰にでもできる』と言う。対するコロンブスは『じゃあ卵を立ててみろ』と言う。誰もできない中、コロンブスは卵の底を平らに潰して立ててみせた」


 騎士たちの口から『あっ』と声が漏れる。


「どれほど簡単なことでも、考える方向が間違っていれば思いつかない。常識を疑う頭がなければ、思いつきもしない。人間という生き物は『前提が間違っている』とは思えないようにできているんだ」


 俺は得意げに笑い、両手を広げる。


「俺は異世界、地球からきた勇者だ。お前らにはないあらゆる思想、方法を知っている。俺がお前らにコロンブスの卵を見せてやるよ!」


 騎士の一人が、額から汗を流す。


「ですが勇者様。天下を統一なんて、本当にできるのですか? そんな前例は――」

「この世界になくても地球にはある。俺がその前例だ」


 騎士の言葉を切り裂き、俺は続ける。


「地球にいた頃の俺を教えてやるよ。俺は戦国乱世に生まれ、あまたの国を平定しまとめあげた。貴様らが召喚したキングは、防衛でも征服でもなく、統一を以って乱世を終わらせる統一王だ。経験者の俺が言うんだ間違いない」


 誰もが俺の言葉に吞みこまれたのがわかる。人々を従わせる王気とは『自信』だ。演説の説得力は発言者で変わる。寸毫の揺れもない完成された自信が説得力を生み、説得力が民衆に力を与え、計画は成功する。この広間の誰もが根拠もなく確信していることだろう。『このお方の言うことならば間違いない』と。


 握り拳をかざし、俺は歯を見せて得たり顔を披露する。


「天下とは、統一できるものだ! いま、この時より俺がお前らの王だ! 貴様らの道は俺が作ろう! 貴様らは俺に従い、俺と共にその名を歴史に千年刻むがいい!」


 俺が握り拳を突き上げると、家臣の一人が叫んだ。


「新王信長ばんざーい!」


 一人の言葉を引き金に、大広間は湧いた。騎士たちはもろ手を挙げて俺を称賛する。


 その光景を前に、ソフィアも俺に羨望の眼差しを向ける。


 ちなみに、最初に叫んだ家臣は俺の仕込みだ。大広間にくる前、あらかじめ俺が拳を突き上げたら、台詞と一緒にバンザイをするように言っておいたのだ。


 こういうことは最初の一人がいれば、他の連中も続くものだ。

 俺はソフィアと騎士たちに手を振り、笑顔で応えてやった。

  

   ◆


 やる気に溢れた騎士たちが大広間を出て行くと、俺の言葉でソフィアの目は点になった。


「つうわけでソフィア、この国の全権は俺が貰うぞ」

「へ?」


 二人きりの大広間には、ソフィアの間抜けな声が良く通る。


「だって俺に従えば天下統一できるって言っただろ? 俺に従えって、俺がお前らの王だって言っただろ? なら全権を俺によこすのが筋だろ?」


 『あっ!』とばかりソフィアの顔に衝撃が走る。


 たぶん、こいつとしては救いの勇者様が自分の前に馳せ参じた感じなのだろう。でも悪いな、俺は国盗りの専門家だ。国を救って欲しけりゃ国をまるごと差し出してもらうぜ。


「あの、あの、でも、あうぅ……」


 取り乱して、目を泳がせるソフィア。いい感じにソフィアが弱ってきたところで、


「まぁお前にもメンツがあるだろうからな、正式に俺をこの国の王に据える必要はねぇよ。全権も、まぁ表向きはお前が持ったままで構わん。ただ、事実上の支配者は俺にしてもらう。ようするにソフィア、お前は俺の采配通りに政権や軍権を行使するんだ」


 ソフィアは安堵の息をついて、頬をゆるめた。


「それなら、はい、お願い致します」


 くかか。最初にでかい要求を突きつけてから妥協する。交渉の基本だよなぁ。


 それにこれでいい。人間国の政権はソフィアに握らせればいい。そうだ。


 俺が人間国の王になる必要はない。

 生前果たせなかったとある野望を再燃させ、俺は口先をいやらしくゆるめる。


「さて、では天下を統一するわけだが、そのためにはサルがいる」


 ソフィアは頭上に疑問符を浮かべた。


「猿? 猿なら近くの山にいますが、お猿さんが必要なのですか?」

「ちげぇよ。サルを、クイーンの駒で召喚するんだよ。なぁに、全部、俺に任せな。俺は天下取りをさせりゃあ地球で一等賞だ」


 俺が哂い、ソフィアは首をかしげる。

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