第10話 俺がお前らの勇者になってやるよ!


 燃え盛る本能寺で、俺は奥の座敷を目指していた。


 俺の命を狙う明智軍一三〇〇〇人を相手に、銃の弾が尽き、弓の弦が切れ、槍の穂先をへし折られるまで戦ったが、全体の一割も殺せなかった。


 だから奥の座敷で爆死してやろうと思ったのだ。けれど、炎に吞みこまれた廊下で、そいつは俺の前に立ちはだかる。


 立ちはだかり、そして涙ながらに訴えてきた。織田四天王の一人、明智光秀が。


「衰退した室町幕府、足利将軍家の再興は私の悲願であり野望でした! 私の全てでした! 幼い頃からソレばかりを夢見て生きてきました! なのに……私は他の誰でもない、貴方の天下を望んでしまっている……」


 家中の誰よりも冷静で、周囲に気を遣ってばかりの男だった光秀。


 その男が滂沱の涙を流し、熱い感情を剥き出しにしてくれた。


「貴方といると、貴方のことばかり考えてしまう! 貴方に尽くしたいと思ってしまう! 私は本来、朝倉義景様の家臣でした。なのに義景様が貴方に討たれた時、悲しみよりも貴方の勝利へ対する喜びのほうが遥かに大きかった! そんな自分が恐ろしくて何度も腹を切ろうとしました!」


 光秀は感情を押し殺すように歯を食いしばる。それでも、光秀の想いは止められない。


「駄目なのです……貴方といると、私は狂ってしまう。私は私の夢を汚してしまう。貴方は朝倉家だけではなく、足利将軍家まで滅ぼした……私の夢は、貴方に絶たれたはずなのに涙が出ないのです。涙が出ないことに涙を流してしまうのです…………」


 そして叫んだ。


「私は他の誰でもない……貴方の作る新世界で生きたいのです!」


 そこには、織田四天王の一人である明智備中守光秀はいなかった。

 そこにいたのは、俺のせいで人生を狂わされた、悲劇の武将だった。

 だから俺は、この忠義に厚い誠の武士をねぎらいたくなった。


「是非に及ばず。足利将軍家への忠道、大義である。お前こそ将軍家最大の誉れよ。誇れ、お前は自身の士道を貫いたのだからな」


 俺は光秀の横を通り過ぎ、奥の座敷を目指した。


「信長様!」

「謀反人に首を取られるわけにはいかないからな、火薬で爆死させてもらうぞ」

「信長……様…………」


 光秀に背を向けたまま、俺は問いかける。


「どうしたよ光秀。お前は俺を、この第六天魔王信長の天下取りを阻止した男なんだぞ。だったら俺を追いかけろよ、そんで……この首を討ち取ってみろッ!」


 背後から、光秀の泣き声と、床に膝を打ちつける音がした。

 俺は光秀から遠ざかる。追いかけてくる足音はなかった。


「わ、私は……私は……うあぁあああああああああああああああああああああ‼」


 信義と忠誠に厚い誠の武士よ。お前と会えたことは俺の幸福だ。いままで、お前と天下取りの夢を追えた日々は……楽しかったぞ。


 死を前にして、俺の胸に暖かいぬくもりが流れこむ。これも光秀のおかげだろう。ここまで俺を想ってくれるやつはそういない。


 きっと、光秀は秀吉か家康に討たれるだろう。


 だから、光秀が遅れてあの世に来たら、酒をふるまってやろうと思う。光秀は、さびしがり屋だからな……


 光秀の慟哭が遠ざかる中、俺の心には一片の悔いもなかった。


   ◆


 ベッドとかいう寝台で眠っていた俺は……カーテン、とかいう窓の覆い布越しに太陽の光を浴びて、目を覚ました。


 知らない天井に知らない寝所。首を回せば、大鏡には若い男の顔が映っている。


「本能寺で目覚めることを期待したのだがな。やはり、夢ではないか……」


 俺はベッドから起き上がると、めんどうくさそうに頭をかいた。


「まぁ、生まれてこのかた、天下布武いがいの生き方なぞ知らんしな。それにだ」


 俺は口元を歪める。


「新世界のひとつも作ってからのほうが、吉乃もあの世で甘えさせてくれるだろう」


 部屋の戸を叩く音がして、俺はソフィアの声に呼ばれた。


「勇者様。お目覚めでしょうか?」

「おう、入れ」


 ソフィアがおそるおそる、怯えた表情で入室してきた。戸が開いた時、ソフィアの背後には家臣たちの顔が見えた。けれど、部屋に入ってくるのはソフィアだけだ。


 部屋の戸を閉め、ソフィアは俺が腰を下ろすベッドの前に立つ。俺と向かい合い、ソフィアは硬い唇を開いた。


「勇者様。その……昨日の……」

「なってやるなってやる。お前らの勇者になってこの国を救ってやるよ」

「本当ですか!?」


 ソフィアの怯え顔が一転、満開の花が咲いた。


「まぁな。ていうか俺の家臣には勇者級が何人かいるんだ。あいつらならポーンやナイト、ビショップやルークの駒でこの世界に呼ばれているだろう。なら俺に仕えさせてやんねーとな。俺は優しいのだ」

「す、すごい自信ですね……」


 ソフィアは目をしばたかせた。


「当然だ。どこの凡骨王につかわれているか知らないが、あいつらの才能は俺のためにあるんだよ」


 俺はドヤ顔で胸を張った。ソフィアは目を丸くして固まっていた。

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