第8話 魔法が役に立たない?

「そんなすげぇ力があるのにどうして戦場で使わない?」


 女は恥ずかしそうに頬を染めた。


「弱過ぎて役に立たないからです。今ご覧になった通り、魔術の使用には時間がかかります。そして時間をかけておきながらできる事といえば、火や水を起こすだけ。火と雷の魔術は殺傷力が高いですが、弓矢のほうが効率的です」

「運用方法の問題だと思うんだがなぁ」


 実際、俺の時代では火縄銃がそうだった。火縄銃は、威力こそあるが撃つのに時間がかかり過ぎるからという理由で、最初は普及しなかった。


 だが、俺が上手い運用法を見せると、日本中の大名が銃を欲しがった。


 女は恥じるような顔で説明を続ける。


「魔術の得意不得意は種族ごとに違います。コボルトはほとんど使えませんが、我々人間もせいぜい中程度。ピクシーやインプ、ハイエルフなどは魔術が得意です。強大な魔術で敵軍を焼き払い、水で押し流し、大地に埋めてしまうと聞いています。我が国における戦場魔術師の役割は、あくまでも兵のサポートです」


「そうか。じゃあお前らの強力な攻撃手段ってのはなんだ?」


 家臣達は顔を見合わせ、口々に述べた。


「弩が強いと思います」

「投石機……は命中率に問題がありますが……」

「破城槌は威力だけならかなりのものです」

「一流の魔術師なら火と雷の魔術が強いです」

「ランスを装備した騎馬の突撃でしょうか」


 一通りの意見を聞いた俺は、一つの考えにいきつく。


「火薬は? 銃や棒火矢、焙烙玉はないのか?」


 途端に、皆が戸惑う。隣同士で『かやくとは何だ?』と囁き合っている。


 どうやら、この世界には火薬がないらしい。


 なら火薬の製法を教えて火縄銃を作れば、生前のように覇権を取れるか。いや、火縄銃の加工には高い冶金技術がいる。この国の鍛冶職人の水準が知りたいな。


 それにこいつらが火縄銃を受け入れるかどうか……


 もし火縄銃を見せて『そんな武器は騎士道に反する』などと騒がれたら面倒だ。


「わかった。もう一つ質問だが、俺の勇者適性はキングらしいが、この勇者適性とは何だ? 他にもビショップやポーンがあるらしいが、なぜ南蛮将棋、チェスの駒がでてくる?」


 俺の問いには、ソフィアが答えてくれる。


「はい。それは勇者様を召喚するのには神の駒が必要だからです」

「神の駒?」

「その通りです。誰か、キングとクイーンの駒をここに」


 ソフィアの指示で、騎士の一人が返事をしてから退室する。

 騎士の背中を見送ると、ソフィアは俺へ向き直る。


「勇者様を召喚した際、私が言った言葉を覚えていますか? もう、我々は新しい勇者様を召喚できない、と」

「ああ、口ぶりから察するに、それは使い捨てのようだな」


 やや大きく目を開けてから、ソフィアは安堵の息をついた。


「……やはり、勇者様は頭が良いですね。頼りになります。勇者様の言う通りです。勇者様の召喚はこの神殿、シャンバラでないとできません。ですが召喚には、触媒として神の駒が必要なのです。神の駒は、太古の昔、神が各国の王家にもたらしたとされる神具です。種類は全部で六つ。キング、クイーン、ビショップ、ルーク、ナイト、ポーンです。しかし、長い時の中でその多くは失われ、我が国にはキングとクイーンの駒しかありません」


 その時、部屋の戸が開かれた。さきほど退室した騎士が入ってくる。その手には、銀細工のほどこされた宝石箱が光っていた。


「つまりキングの駒で俺を呼び出したわけか。残るはクイーンだな」

「はい。神の駒は一度使うとその輝きを失い、勇者様を召喚する力もなくなります」

騎士から宝石箱を受け取ると、ソフィアは俺の前で開いてみせる。


 中には銀色のキングの駒と、金色のクイーンの駒が収められている。


「……だいたいわかった。確認だが、駒の特性に合った勇者が召喚されるのか?」

「そうです。言い伝えによれば、キングの駒は勇者王を、ビショップの駒は賢き勇者を、ルークの駒は味方を支援する勇者を、ナイトの駒は騎兵の勇者を、ポーンの駒は歩兵の勇者を召喚すると言われています。そして」


 金色に輝くクイーンの駒を箱から取り出し、ソフィアは俺の前にかざした。


「キングの伴侶たるクイーンの駒は、キングの勇者様が任意の勇者を召喚できるのです。他の駒は誰が召喚されるかわかりません。ですが、クイーンの駒を使えば、信長様が生前頼りにしていた仲間の勇者を確実に召喚できます」

「頼りにしていた仲間か……」


 そう言われて真っ先に思いつくのは一人だ。しかし、誰が頼りになるかは状況による。


 軍略なら勝家や一益。内政なら長秀。武勇なら利家。正念場なら可成だな。


「勇者を召喚する力を持った神殿、シャンバラの使用条件は国によってまったく違います。なので神の駒があれば無制限に召喚できるわけではありません。我が国では季節ごとに一度しか召喚できませんが、クイーンの駒だけは今すぐ使えます」

「ん? それはどうしてだ?」


「勇者の検索に魔力を使わないからです。順を追って説明します。まず、季節が変わると、季節の精霊の力で大地を流れる魔力、地脈が活性化します。そのため、シャンバラはあらたな季節になると多くの魔力を蓄えます。勇者様の召喚には莫大な魔力が必要です。ですが魔力の多くは、地球の勇者様達から条件の合う勇者様を探すことに使われます。ですがクイーンなら、信長様自身が勇者を指定するので、消費魔力がおさえられるのです」


「…………そうか」


 俺を補佐する奴を一人、すぐに呼び出せるのか。なら急いだほうがいいな。

 俺が呼びだしたい奴は、どいつもこいつも確実に勇者と呼べる逸材だ。まごまごしていると、他の国が偶然呼びだしちまう可能性がある。


「おい、勇者っていうのは当然、それなりの奴なんだろう?」

「もちろんです。ポーンの駒で雑兵が召喚されることはありません。神の駒で召喚されるのは、あくまでも勇者様です」


 勇者……ねぇ。それでこの戦国の魔王を呼び出すとは、勇者の基準どうなってんだよ。


 おそらく、心の正しさというよりも『英雄的な技量をもった奴』という意味なのだろう。


「………………」


 俺は自問した。

 俺は……何を考えている?


「おい、この砦に資料はあるか? この国の地図、食糧事情や社会構造、武器や魔術。なければ詳しい奴だ。今の俺にはこの国と世界の知識が必要だ。全部よこせ」


 俺は何をしようとしている?

 家臣達を見回してから、俺はソフィアを見下ろした。


「お前らの勇者をやるか、一晩だけ考えてやる」


 まだ俺は、勇者をやることを承諾していない。なのに、ソフィア達の目には確かな光が灯る。表情から緊張が抜けて、大きく頷いた。


「はい! みんな、すぐに資料と勇者様の寝所を用意してください!」

『御意!』


 皆が慌ただしく部屋を出て行く。その様子を眺めながら、俺は自問を続ける。


 検討する余地なんてあるのか?

 俺がこのアガルタを統一したとしてどうなる?


 この世界は、吉乃とは関係ない世界なのに。


 俺は、早く吉乃に会いたいのに……


「準備には時間がかかりそうだな。ソフィア、次の質問なんだが……」


 疑問が晴れないまま、俺はソフィアを相手にこの世界に関する質疑応答を続けた。

   

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