第6話 インド統一の太陽王!チャンドラグプタ二世!


 チャンドラグプタ二世率いる……面倒だからチャンドラでいいだろう。チャンドラ率いるコボルト軍を撤退させた俺は今、そのままソフィアと共に砦の中に入っていた。


 レンガ造りの砦は三階建てだ。砦の中を一通り案内してもらったが、なかなかにしっかりとした造りだった。城壁の壁は厚く、ひび割れも少ない。


 一階から二階に上がる階段と、二階から三階に上がる階段は離れたところにあり、敵の侵入を防ぎやすい工夫がされている。


 井戸水、食糧、矢玉、軍馬の貯蔵も十分。砦の広さや宿泊設備の規模を考慮すると、長い籠城にも耐えるだろう。


 俺に救援を求めてはいるが、べつだん貧乏オンボロ国家、というわけではないらしい。


 日が暮れると、干し肉と野菜の汁物を出され、俺はそれを食べた。戦場食である事を考えれば、味は十分だった。加えてそのとき、姫であるソフィアも同じものを食べる姿に、俺は少し感心した。


 姫ガキながら、ソフィアは戦場を弁えているようだ。


 そして食事が終わると、俺は大広間に通された。やたらと広い部屋の奥には南蛮風の豪奢な椅子、玉座があった。どうやらここは、偉い人に謁見するための部屋らしい。


 でもソフィアは、玉座に座ろうとしない。大広間には、他にも身なりのいい騎士や文官、護衛兵が何人か入って来るが、全員立ったままだ。


 俺が玉座を眺めていると、ソフィアは俺の前で腰をかがめ、頭を下げた。


「勇者信長様。此度は我々を救うべく、召喚に応じて下さり感謝致します。重ねてお礼を申し上げます。それにさきほどの見事な采配。流石は勇者様です。王都に戻りましたら、謝礼は十分にさせていただくつもりです」


 ソフィアへ続くように、他の家臣達は膝を折り、その場に跪いた。


 俺にはソフィアの姿が、ガキながらも礼儀正しく、一部の隙もない作法に見えた。おそらく、この国における最上級の礼だろう。


 俺はめんどうくさそうに頭をかいた。


「あ~、別にお礼とかいいぞ。だってまだ勇者やるって決めていないし」


 ソフィアと家臣達が、同時に顔を上げた。ソフィア達の顔は、全員目が点になっている。


「え!? 勇者様、それはどういうことでしょうか!?」


 目を点にしたまま、ソフィアは素っ頓狂な声をあげる。うん、このほうがガキらしくて可愛げがあるな。


 可愛げのあるソフィア嬢ちゃんに、俺はたんたんと説明をはじめる。


「何か勘違いしているみたいだが、俺は召喚に応じちゃいねぇ。今日地球で死んで、気がついたらここにいたんだ。ようは強制的に召喚されたわけだ。死んでもう地球に戻れない以上、俺はさっさとあの世に行って、先に死んだ嫁と一緒に暮らしたいんだ」


 ソフィアは泣きそうな顔になり、


「で、ですが先程は助けてくれたではないですか……」

「コボルト軍を撃退すればあの世に行けると思ったからな。なのに予兆すらねぇ」


 俺は両手を、目線の高さまで上げる。


 俺の体はなんの変化もない。煙のように消えるわけでも、半透明になってそのまま消えるわけでもない。


「ようはあれなんだろう? 陰陽師の式神みたいに一時的に助けるとかじゃなくて、ここで第二の生を受けた形なんだろうよ。異世界に行ったまま地球に帰れねぇとか、竜宮城に行った浦島太郎より酷いな」


 『陰陽師』や『浦島太郎』と聞いて、ソフィアは頭上に疑問符を浮かべ、


「え~っと、よくわかりませんがその通りです。なので人間の国の勇者として、このアガルタ世界で生きて頂けませんか?」

「どうしよっかなぁ。腹を切ってあの世へ行くのも一つの手だが……」


 俺はあえて意地悪を言ってみる。すると、ソフィアの目がしらに涙がたまりはじめた。


 ここに吉乃がいたら『信くん。小さい子を泣かせちゃだめでしょ!』と俺を叱ってくれただろう。


 そう思うと俺の中で、早く吉乃に会いたいという気持ちが大きくなってしまう。


 どうせ一度死んでいるし、もう地球には戻れそうもないし、天下統一の夢は終わったんだし、本当に腹でも切るか。俺がそう思うと、ソフィアは俺へと一歩進み、


「では、先程の戦いでコボルト軍を撃退した時『勇者信長の策で』と言ったのは……」

「もしもここに残る事になったら、勇者って肩書があったほうが便利そうだったからな。一応そうしただけだ。雑兵共に俺の威光をしらしめる好機だったんだよ」


 俺は、ソフィアの願いをけんもほろろに切り捨てる。それでもなお、涙が溢れそうなソフィアは俺に食い下がる。一縷の望みを託すようにして、


「しかし、コボルト国の勇者、チャンドラグプタとの戦いで笑っていたではありませんか。勇者として、同じ勇者と覇を競うことの喜び、己が最強を証明したいという欲求があるはずです!」


「高揚感があったのは認める。でもそれだけだ。あの時あの瞬間が楽しいからと、今後何年もお前らの戦に協力する理由にはなりえない。ソレとコレとは話が別だ。むしろ戦象とかいうものはもう体験できたし、チャンドラはもう用済みだな」


「そ、そんなぁ……」


 ソフィアの目から涙がこぼれる。

 他の家臣達もざわめき、動揺の声で広間は満たされた。

 こいつらが戦象相手にボロ負けしている光景を、俺は思い出す。


「……ずいぶんおろおろしているみたいだが、お前らそんなにやべぇのか?」


 とうとうソフィアは握り拳を作り、


「当然です。だからこそ勇者様を召喚したのです! それに、私達はもう新しい勇者様を召喚できないのです! 信長様に死なれたらこの国は終わりです!」


「んなこと言われたって、俺はこの国の人間じゃねぇし。正直この国が滅びようがどうなろうが知ったこっちゃないんだがな。まぁお前みたいなガキが総大将やらなきゃいけないところを見ると、相当な人手不足なのはわかる。でも俺とは関係ねぇ」


 ソフィアが急に押し黙る。それも、辛そうな顔で。すると数人の騎士が口を挟んできた。


「我が軍は人手不足などではありません。ソフィア様が戦場に出られるのは、父であり今は亡き国王陛下のご意志を継ぐためなのです」


「その通りです勇者様。陛下は自ら軍を率い指揮する勇猛なお方でした。しかし、一ヶ月前にコボルト軍との戦いで……」


「姫様は王家の威信を保つため、国内が乱れぬよう、勇ましき戦王はここにあり、と示すべく、戦っておられるのです!」


 口々にソフィアを助ける騎士達。どうやらソフィアは、臣下から慕われているようだ。


 この砦を見るかぎり、軍事力は低くない。王族に品格は十分。忠実な臣下もいる。


 重畳(ちょうじょう)重畳。この国、悪くない。


 この国を品定めすると、俺は心の中で含み笑いを浮かべた。

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