第4話 軍馬? いいえ戦象(ミリタリー・エレファント)


 しばらく走っていると、石造りの砦が見えてきた。


 日本ではまず目にしないその砦は、よく見れば南蛮のレンガというものでできている。


 レンガ造りの砦の敷地内には、木造の物見やぐらがあった。ハシゴではなく階段付きの上等なものだ。俺とソフィア、一緒に来た伝令騎士の三人は、やぐらの階段を登りきると、東の方角に目を向けた。


 地平線まで続く雄大な草原。その手前には味方の騎士達が隊列を組んでいた。伝令騎士の話では三万人いるらしい。前衛の弓兵部隊が、草原の奥へと弓を引き続けて戦っている。


 弓兵部隊が弓を引く相手。俺は生まれてはじめて目にするソレに、つい口笛をふいた。


「へぇ、すげぇじゃねぇか」


 逆にソフィアと騎士は、唇を硬くして拳を作る。


 ソレは恐ろしく巨大な、化物達の群れだった。


 巨重を支える四本の脚は岩のような質感で、家の大黒柱のように太い。

 背の高さは馬の二倍も三倍もある。体重は馬の一〇倍以上もあるに違いない。

 長い鼻は大蛇を思わせる太さで自由自在に動き、人など簡単に絞め殺してしまいそうだ。


 暴力的なほどに長く伸びた牙は、太古の龍でもあそこまで立派ではないだろう。

 見ているだけで、ありもしない地響きを感じさせる威容。書物の中でのみ知るソレの名は象。世界最大の獣だ。


 九州の大友宗麟が、象の背中に乗って遊んだらしいけど、実物を見るのは初めてだな。


 天竺の戦争では、馬の代わりに象に乗ると聞いた事がある。どうやら象を戦に利用するのはこの世界も同じらしい。


 俺の眼は、象の背に取り付けられた輿、その上に乗る珍妙な姿の連中を映した。コボルト人は、狼の耳と尻尾が生えていた。でもそれらはちゃんと動いており、飾りではない。


「ふむ。象の上には御者が一人、盾兵が二人、弓兵が一人。一頭につき四人乗りか」


 ソフィアは目を丸くして俺を見上げ、


「この距離から見えるのですか!?」

「あん? お前はあのモノノケが見えねぇのか? 目ぇ悪ぃな……おっ、ちとやべぇぞ」


 伝令騎士いわく、五千もいる戦象部隊の先頭が、こちらの前衛に迫る。こちらの前衛部隊は象の巨体に圧倒されて、誰もかれもが一目散に逃げ出した。逃げ遅れた兵は象の鼻で人形のように叩き飛ばされ、牙で串刺しにされている。


「あのデカさで脚の早さが馬と同じか。おいソフィア、時間がない。俺はあいつらを倒すために召喚されたんだな?」

「え、えーっと、はい、そう、ですっ」


 やや混乱気味の少女に、俺はまくしたてた。


「コボルト軍の連中、なんで狼の耳としっぽが生えているんだ? あと戦象の弱点は知っているか? コボルト国の人間はどんな連中だ。簡潔に説明しろ!」

「はいっ。コボルトは狼の半獣人なんです。狼と同じ聴力や嗅覚、俊敏さを持っていると言われています。戦象の弱点は知りませんが……」


 ソフィアの視線が、伝令騎士に向けられた。伝令騎士は目をつむり、膝を屈した。


「申し訳ありません姫様。我が軍は未だ敵戦象部隊の突破口を見いだせず、苦戦を強いられております。戦象の皮膚は硬く、矢は通じません。騎兵隊の突撃は有効ですが、そこまで近づけば騎兵は戦象の鼻と牙の餌食です!」


 伝令騎士が己らの不甲斐なさを恥じると、ソフィアは俺に弁明する。


「一か月前までは違ったのです。彼ら勇敢な騎士達の奮戦で、我々は戦象部隊を食いとめていました。ですが二週間ほど前から、それまではただ突撃するだけだった戦象部隊の動きが統率されたものに変わって……」


 視線を落とすソフィア。俺は再び戦象部隊を睥睨した。


 まぁ、十中八九あいつのせいだろうな。


 俺は、戦象部隊の奥に陣取るそいつと目が合った。


 コボルト軍の戦象は、どれも立派な獣用鎧(カタパルト)で体を防護している。


 その中で一頭、明らかに他の戦象とは違う獣用鎧をまとう戦象がいた。


 金と銀をあしらった紋様と、戦には不必要な飾りつけ。俺ら戦国武将の総大将が、兜にひときわ派手な前立をつけるのと同じ。あれが総大将の乗る戦象だ。


 その戦象の背に乗っているのは、狼の耳も尻尾もない人間だった。


 褐色の肌に、金の装飾具を身につけた成人男子だ。将棋に興じるような表情を浮かべている。いや、戦象も肌の色も装飾具も関係ない。


 遥か彼方から俺と視線を合わせるその男がまとう『王気』。威厳などと生易しい言葉では足りない。万民の上に君臨する至高の気品が雄弁に語っていた。


 『余が天竺統一の太陽王、チャンドラグプタ二世である』と。


 俺の口角が上がり、笑みが吹きこぼれる。


 これほどの王気、今は亡き無双の剣豪将軍、足利(あしかが)義輝(よしてる)なみか。

 信玄も謙信も死に、俺と肩を並べる野郎はみんなくたばったと思っていたんだがなぁ。


 心臓が昂る。頭が冴える。魂が哂う。


 さっさとあの世に行って吉乃に会いたい、という気持ちは変わらない。それでも、


 たまらねぇえええなぁあああおい!


 俺の様子を見たソフィアが一歩あとずさる。俺はその小さな頭をわしづかむと、強引に引き寄せた。


「おいソフィア。煙であいつらを撃退する。できるだけ臭くて刺激臭がして煙がいっぱい出るものを大量に燃やしな」

「え!? あの、煙幕で撹乱するんですか?」


 自国の姫様の頭をわしづかまれて、伝令騎士があわてふためく。だが俺は無視して、


「たわけてんじゃねぇよ。俺は臭くて刺激臭するやつって言ったろ? 臭(にお)いを使うんだよ」


 俺が説明しても、ソフィアは納得できないらしい。


「た、確かにコボルトは鼻がいいですが、臭(くさ)いからと逃げるでしょうか? 戦争ですのに」

「つうことは、今まで試したことがないんだな? いいからやってみろ。どうせダメ元だ」

「はぁ、では、勇者様の指示通りに」


 ソフィアの命令で、伝令騎士はやぐらから下りていった。


「あの、勇者様。本当に煙で、あの戦象部隊を撃退できるのでしょうか?」


 半信半疑といったふうのソフィアに、俺は腕組をしながら胸を張り、


「任せときな。俺は戦国最強と謳われた武田騎兵隊一万五千を殲滅した男だ。騎兵軍団を駆逐させりゃあ地球で一等賞だぜ」


 まぁ、騎兵はその中の一部だけ。一万五千人全員が騎兵じゃねぇけどな。ハッタリをかますのは大事だろ。


 俺のハッタリは効果抜群で、ソフィアの目が期待と希望に輝いた。


「そうなのですか!? 流石は私達の勇者様です!」


 うっとりとした表情で羨望の眼差しを送ってくるソフィアに、俺は呵々大笑してやった。


「おうともよ。もっともそいつらは全員騎馬で、戦象を相手にするのは、はじめてだ」

「ダメではないですか!」


 笑顔が一転、ソフィアは悲鳴をあげて俺に抗議する。目には涙を浮かべていた。


「心配すんなよ。ダメで元々、ダメならすっぱり死にな」

「どんな理屈ですか!?」


 俺は、騒ぐソフィアのあごに手を添え、くいっと持ち上げた。


「戦場の賭け金が払えないなら、退場するか?」


 俺を瞠目する少女の喉が、大きく息を吞みこんだ。

  

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