第3話 戦国の魔王を召喚した異世界姫
「戦場に案内しろ! 敵方と味方の戦力報告! 急げ!」
「まま、待って下さい勇者様! 急にどうしたのですか?」
俺が一歩進むと、ソフィアは取り乱しながら俺の前にたちはだかる。
「どうしたって敵が攻めてきてんだろ。さっきから東がどんどん騒がしくなりやがる」
ソフィアはさっき『この国をお救い下さい』と言った。つまり、俺はこの戦を終わらせるために呼び出されたのだろう。ムカつく話だ。
俺はソフィアを押しのけ、出口へむかってずんずん進んだ。
廊下に出て東沿いに進むと、大きな門を見つけた。蹴り開けると、どうも広い玄関のようだ。そのまま外に出ると、太陽が真上よりも少し東よりだった。
「時刻は五刻半か。ったく、吉乃に会えると思ったら面倒にまきこみやがって」
俺が鼻を鳴らすと、後ろからやかましい足音が流れ込んで来る。
「勇者様ぁ!」
振り返れば、ソフィアを先頭に、さっきの連中が堰を切った水のように出口から出てくるところだった。
俺は連中を無視した。神殿を見上げ、俺は建物の全体像を確認する。
全てが石造りの神殿は、南蛮とも南海とも日本ともつかない外観だった。古い建物特有の、使いこまれた匂いが歴史を感じさせた。この神殿がシャンバラ。俺を召喚した存在らしい。神殿をぐるりと囲む太い石柱と、その内側を通る回廊。その回廊にソフィア達が並び、息を切らしている。
「勇者様、確かに我々は今、コボルト国と戦争中ではあります。ですがまだ敵はここまで来てはおらず――」
石畳を叩く、馬蹄の力強い唸りがソフィアの言葉を遮った。
神殿の正門から東へとまっすぐ伸びる石畳の上を、黒馬にまたがった鎧の騎士が駆けてくる。その慌てぶりは、遠目にもハッキリと読み取れた。
「御注進! 御注進! 姫様! 御注進にございます!」
鎧の騎士は俺らの前で手綱を引き、馬を急停止させた。前足を上げていななく馬が、蹄で硬い石畳を打つ。騎士は馬上から転がり落ちるように着地し、一気にまくしたてた。
「コボルト軍が我が方へ向けて進軍中! まもなく戦闘に入ります!」
伝令役らしいその騎士が言い終えると、俺はソフィアのバカづらを見下ろした。
「ほらな?」
「ど、どうしてわかったのですか?」
目を丸くして震えるソフィアに、俺は言ってやる。
「んなもん、もののふなら多かれ少なかれ、わかるもんなんだよ」
では、と俺は騎士に視線を移す。
ソフィア達の反応を見る限り、勇者っていうのはかなり重要な存在らしいな。
俺は右手の親指で自身を指した。
「おいお前、俺が召喚された勇者様だ。俺を馬のところへ案内する間に戦況を教えろ」
「!? 貴方が勇者様でしたか。馬はこちらです!」
思った通り、勇者の肩書はかなりの威力があるようだ。騎士の顔には緊張感が溢れ、声は恐縮しきっていた。
騎士の案内で俺が歩き出すと、背後から小さな足音が追いかけてくる。
「待ってください勇者様、私も行きます」
ソフィアを無視して、俺は騎士と話を進めた。
「それで、敵方はどんなだ?」
「ははッ! 敵はチャンドラグプタ二世率いるコボルト軍、およそ五万! 加えて、戦象が五千騎ほどです!」
たわけた発言に、俺は声にドスを利かせた。
「てめぇ打ち首にすんぞ! チャンドラグプタ二世つったら一二〇〇年も前に天竺を統一した太陽王じゃねぇか! なんでそんなのが今いるんだよ!」
「も、申し訳ありません! しかしながら、確かにコボルト軍の勇者はそう名乗っておりまして、その……」
騎士はすっかり委縮してしまっている。この反応を見る限り、嘘ではないだろう。
だんだん読めてきたな。
どうやら、勇者の召喚とは国と時代に縛られないらしい。戦国乱世の日本からはこの俺、信長が、古代の天竺からはチャンドラグプタ二世が召喚されたというわけだ。
そんで、召喚した理由は国の危機を救わせるため。この織田信長を便利に使いやがって。本当なら全員まとめて打ち首だが面倒だ。さっさとコボルト軍だかを蹴散らして、俺は吉乃のいるあの世に行かせてもらう。
眉間にしわを寄せながら厩舎まで歩くと、俺はつら構えのいい鹿毛馬をみつくろい勝手にまたがった。
ソフィアは騎士の介助を受けながら別の馬にまたがる。
どうやら本当についてくる気らしい。
この国では姫さんが戦場を見るのが普通なのか?
などと俺が考えていると、騎士が自身の黒馬にまたがる。
「では勇者様、わたくしが戦場へ案内致します」
騎士が黒馬を走らせた。俺は馬の腹を蹴って、その背を追いかけた。
俺の愛馬である鬼葦毛に比べれば鈍足だが、まぁまぁマシな馬ではある。
神殿を出ると、そこはどこまでも続く広大な草原だった。
一陣の風が吹き抜け、俺の髪が背後に暴れる。心地よい、青い香りが肺を満たすと、それだけで俺の溜飲が下がった。燃え盛る本能寺との落差のせいだろう。
草原を切り裂くように伸びた道は、途中から石畳が途切れて、地面が剥き出しになっていた。その上を走りながら舌打ちをする。
まったく、まるで夢や幻だ。
俺は、目覚める前に頭へ流れ込んできた知識を反芻する。
そのどれもが余りに浮世離れしていて、とても信じられるものではない。
だってのに、この胸の昂りが、ここが浮世であることを証明しやがる。
どうやら世界は、簡単には俺を吉乃に会わせてはくれないらしい。
この世に神仏が実在するなら、そうとうな嗜虐嗜好の持ち主に違いない。
吉乃に会いたい。そのはやる気持ちを抑えながら、俺は馬を走らせた。
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