第2話 戦国の魔王! 異世界に立つ!


 深いまどろみのなかにいた。

 寝入る直前のような、あるいは目が覚める直前のような。

 体の感覚さえあやふやな状態。それがいつまでも続いている。


 これが『死』というものなのか。


 そう理解しはじめたとき、それは突然起こった。


 『アガルタ』『アトランティス』『ムー』『パシフィス』『メガラニカ』『勇者適性タイプ』


 なんだ!? 知識が頭に、流れ込んでくる!?


『キング』『クイーン』『ビショップ』『ルーク』『ナイト』『ポーン』

 『肉体を全盛期に復元』『完全再生能力付加』『スキル』『アビリティ』『武器召喚』


 誰から教わるわけでもなく、書を読むわけでもないのに、知識が増える奇妙な感覚。


 それが気つけとなって、頭と体の神経がハッキリとする。

 背中の感触が、硬い床で仰向けに倒れていることを俺に教えてくれた。

 意識が急速に覚醒。俺は、はじかれたようにまぶたをひらいた。


「…………誰だ?」


 俺が開口一番にそう言ったのは、目の前に知らない顔があったからだ。

 一〇歳かそこらの、年端もいかない少女が、驚いた顔で俺の目を覗き込んでいた。ただ、幼いながらもその顔には、将来絶世の美女になるであろう美貌の影を宿している。


「わわっ!」


 少女が大きくのけぞり、俺の視界から消えた。代わりに俺の視界を独占するのは、色鮮やかなステンドグラスだった。


 高い天井にはギヤマン、南蛮人の言うところの、ガラスで大きな花弁が描かれている。


 その見事な色使いと輝きに、俺は息をついた。


「地獄にしちゃあ、ずいぶんと綺麗な場所だな」


 俺は右手の甲を目で確認してから、自身の顔に触れる。皮膚の触感が若く、ハリがある。鏡を見なくても、若返っているのは明らかだ。


 『肉体を全盛期に復元』その知識が流れ込んで来たのを、俺は思い出した。


 俺の服装は白い寝衣から、普段着である黒い着物に変わっている。近くで見ると、織田家紋が浮かんで見える、透かし織りの着物だ。それを赤い帯で締めている。


 上半身を起こすと、俺は周囲を見回して状況を確認した。


 石畳のだだっ広い部屋は全面が石造りだ。石柱が並び日本では見ない内装だった。珍妙な格好をした連中が、何十人も俺を取り囲んでいる。そいつらの風貌に俺は首をひねった。


 なんだ? 見たことのない格好だな。南蛮風ではあるが、宣教師共の絵には無い服だ。それにこいつら……日本人か?


 俺を取り囲む連中は若い女を中心に、老若男女様々だ。そして髪と瞳の色が目についた。


 さっきの少女は金髪碧眼で、他の連中も似たようなものだ。


 金、銀、茶、赤などの髪と目の色のせいで、俺は南蛮人かと思う。だが、顔立ちが違う。


 目と眉近くて目がでけぇ、色白で鼻筋とおってんなぁ……けど南蛮人にしちゃ顔が薄い。まるで日本人だ。


 南蛮人ではなく、日本人の中でも目鼻顔立ちのはっきりした奴が、カツラを被っていると言えばいいのか。それでも違和感があって、初めて見る人種だった。


「おいガキ。ここは地獄か?」


 俺の問いに、さっきの少女が石畳に座ったまま肩を跳ねあげた。よく見れば、ずいぶんといい服を着ている。南蛮の、ドレスとかいう、貴族や王族が着る服装だ。


 少女は桃色のドレスの上に、赤い南蛮風の軽装鎧を着こんでいる。その鎧も意匠が煌びやかで、少女の身分の高さを物語っていた。


「ち、ちがいます勇者様! ここはアガルタ世界のレムリア大陸で、勇者様を召喚したのはこの、人間の国です!」


 前に宣教師から聞いた話が、俺の頭の中に蘇る。


「アガルタって、シャンバラを通った先にある地下世界か? やっぱ地獄じゃねぇか」


 少女はうなずこうとしてためらう。頭を悩ませながら、


「正しくは地下世界ではなく、別次元にあるもう一つの世界です。シャンバラとは、ガイア世界の勇者様を、このアガルタ世界に召喚できる神殿の事です」

「ガイア? 地球の事か?」


 俺は、宣教師から献上された地球儀を思い出していた。


「はい。私達は勇者様の世界をガイア、もしくは地球と呼んでいます。私はレッドハート王家長女、ソフィア・レッドハートです。勇者様のお名前を聞かせていただけますか?」

「ん……あぁ、織田家当主、織田前右府信長だ」


 俺が名乗ると、ソフィアは片膝立ちになる。いや、南蛮人達が俺に謁見する時の挨拶に近い姿勢だった。膝を着き、恭しく頭をさげる。


 ソフィアに合わせて、他の連中の頭も一斉に下がった。

 誰もが同じ姿勢で、俺にこうべをたれている。


「勇者信長様。召喚に応じて頂き感謝の極み。どうぞこの国をお救い下さい。我々にはもう、貴方様しか頼れる方がおりません」


 悲痛な口調でこいねがうソフィア。窓から差し込む陽光が、彼女の金髪を宝石のように輝かせる。

 誰もかれもが俺に平伏する光景を前に、俺は思った。


「微塵も理解できん」


 ソフィア達の顔が同時に上がる。全員『へ?』とまぬけづらを俺にさらしていた。


「まずあれだ。ここが異世界アガルタで俺が異世界人に呼ばれた勇者? ないだろ?」


 俺は手をひらひらさせながら、やれやれと首を振り、


「いや、逆に理解した。これはあれだ。夢だ。俺はまだ本能寺で寝ていて、朝になったら秀吉の待つ備中に行って毛利の野郎を倒すんだ。ていうことは光秀が裏切ったのも夢だな。どんだけ酷い夢だよ。光秀が俺を裏切るわけねぇじゃん。あいつ織田四天王の一人だぜ? そもそもだぞお前ら――あん?」


 俺の言葉を止めたのは他の誰でも無い。戦の気配だった。


 心の臓が昂る。

 頭が冴える。

 魂が哂う。


 俺の視線は、体内磁石で戦の方角、東の壁を見やった。

 汚く舌打ちをしてから、俺は冷めた言葉を吐く。


「おいおいこれが現実って、マジかよ」


 俺の頭上に幾何学模様を内包した光の円が浮かんだ。その円が俺の頭から足下まで通り抜けて消えれば、俺の姿は様変わりしていた。漆黒と白銀を基調とした甲冑姿だ。その意匠には、南蛮銅の要素を取り入れている。


 でも俺は驚かない。こうなることは、すでに知っていたから。

 俺の豹変ぶりに周囲がどよめく。その様子は、かなり痛快だった。

 俺は立ち上がり声を張り上げた。


「戦場に案内しろ! 敵方と味方の戦力報告! 急げ!」

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https://dengekionline.com/articles/127533/

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